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25.心の動きを考える

 夜を二度跨いでようやくまたシアノちゃんと小ヴォルに出会えた。

 ダグラス湖の貯水量を思えば、それだけの日数で済んだのは幸いと言える。

 ステファンとユドくんたちは彼らの無事を喜び再会の挨拶をしたが、藍藻Spirulina属のシアノちゃんは、意外と浮かない様子だった。

 理由を問いかける。


「帰ってきたってのに、思ってたほど感動しないワ」


 シアノちゃんは落胆混じりに答えた。そこに小ヴォルが意気揚々と言う。


「今まで居た水たまりとの差がわかんないからだよねー?」

「そんなことない。違いはわかるけど、なんだか……ネ」

「水たまりの方が居心地良かった、とか」


 ステファンが指摘すると、シアノちゃんは苦笑したようだった。

 仕方のない結果だ。記憶の中で故郷を美化してしまったのか、それとも最近まで住んでいた場所の方に馴染んでしまったのか。雨粒ひとつでも生活圏の境界がブレるなど日常、藻類とは存外に臨機応変に日々を乗り切っているのである。


 ――これまでの会話の内容を吟味すること、数秒。そこにひとつの疑問が沸き上がった。


「あれ。ぼくらって感動とかできるの?」

「む。ステファンよ、それはものすごく今更で、ものすごく根本的な問いであるな」

「だってそうでしょ」


 全員の間に沈黙が流れた。

 たとえば郷愁という感情がわかるのかというと、微妙なラインである。そのことをシアノちゃんも認めた。

 元居た場所から離れてしまい、なんとなく名残惜しいと思ったのであって――経緯はなかなかに壮絶であったが、今は省略する――具体的に何が恋しいのかと訊ねられたら、はっきりとした答えを持たないのだった。


「この通り、喜怒哀楽はあるけどさ。執着って、生存と繁殖に不要な気がする」


 まさに今回の件はその証拠と言えよう。別の場所で普通に生活できて、元の場所に戻れても、そこに特別な何かを見出せない。

 こだわる理由が他にあるとしたら、それは。


「会いたかった友達とか親類がいるとか」

「いないわヨ、そんなの」


 即刻否定された。

 なんとも言えない雰囲気になる。それを換えたのは、突発的な小ヴォルの提案だった。


「ねーねー! 探検しようよ探検!」


 何故かその場で回り出す緑藻の巨大群体。彼らにくっついたままの青緑のコイルことシアノちゃんまで、ぶんぶんと振り回されている。


「え、ちょっと君たち、まだ取込み中だって」

「いいわ。行きましょ」


 やはり妙に乗り気なシアノちゃんである。何やらデジャヴだ。


「おふう。ここでしりとりの時みたいな流れになるわけね」

「Volvox属の者と意見が合うのは癪だが、うむ。ゆこう! 我々も実はずっと辺りが気になっていたのだ! 新天地だ!」

「ねー、しりとりしながら探検するのー?」

「そんな混乱しそうな遊びは却下だからね!?」

「いいから、早く出してヨ」

「はーい!」

「いやいや小ヴォル、乗り物みたいに声かけられてるよ? そんな素直に答えなくていいんだよ、反発してもいいんだよ?」

「我々も出すぞ、ステファン! 奴らに負けてなどいられない!」

「君たちまで……まあいいや……」


 かくして一同は慣れぬ水域でギャアギャア喚きながら、当てもなく動き出すこととなった。

車を出すんじゃなくて自身を「出す」という日本語崩壊

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