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<幕間3>洗礼なる儀式?

「こんにちは! 良い子の皆さん。今回は【作者】がちょっと疲れているらしいので本編はお休みだそうです。代わりに私が特別出演をする運びとなりましたぞ」


 その輝かしい緑色の個体は石と石の隙間から、ぴゅーんと颯爽と飛び出てきた。


「あなたはもしや! 『ユーグレナさま』!?」

「む。確かにその者はEuglena属の……viridis種? のようだが、それがどうしたと言うのだ、ステファン」


 唖然となったステファンと違って、ユドくんたちの反応は薄い。


「どうって……どうもしないけど、でもすごいお方だし!」


 Euglena属。ユーグレナという名は、美しい赤のアイスポットを讃えているらしい。別名を「ミドリムシ」とする彼らは、この周辺ではごくありふれた生物である。

 しかし遭遇するとつい敬ってしまう。この畏怖ともとれる感情は、何なのか?

 藻と似て非なる彼らは、場合によっては太陽の恩恵なくしても周囲の物質を食するだけで十分に生活できるが、光合成だってできるのだ。


 ――植物でなければ動物でもなく、しかしまるで両方の性質を併せ持つもの。


「そのように注視されると恥ずかしいですな」


 長い鞭毛――二本ある内、本体から派手に突き出ている方――を使ってぐるぐると踊るように回る、単細胞生物。

 優雅な動きは、まるで「くるしゅうない」と伝えてくるようだった。

 動くのは鞭毛だけではない。伸縮自在のボディが、細胞壁を持たぬがゆえの柔軟性を見せ付けてくる。ステファンは自身の二酸化珪素を用いた強固な細胞壁を誇りに思うが、こういった真逆の戦略を極めた者にも、ある種の尊敬を感じてしまうのである。

 ところで、とユーグレナさまが話題を変える。


「バプティズム(洗礼)をご存知ですかな」

「赤子を盥に突っ込んだり、頭部に水を浴びせかけるという人間の儀式のことか」

「一般的にキリスト教会への正式な入会を際して行われるものだよね」


 ユドくんたちの答えにステファンも便乗する。


「ユーグレナさま、どうしてそんな話をするんだい」

「実はちょうど今、あちらの方で洗礼の儀が執り行われているという噂を聞きましたのでな」

「ぬ? 屋内というより教会の中で行われるものではないのか」

「あー、広義の解釈では――何かの集団の仲間入りをする為の試練を指すんだったね、確か」


 ステファンはユーグレナさまの示した方向を意識した。あそこには何があったのだったか。

 正直、自分の家である水たまりからは遠すぎて想像も付かない。


「生物学実験所の夏期講習ですな。より強固な仲間意識を育てるために、講習が始まって間もない頃に、ある場所に向かうそうで」


 そのある場所とは、あまり深くない河の中の斜面らしい。素材はコンクリートだが、充分な水量とカーペットのように繁茂した緑藻という条件が揃えば、たちまち水中の滑り台と化す。

 人間にしてみれば、結構な高さから滑り落ちるとか。

 遊びであると同時に肝試しでもあり。

 無事に乗り越えられたら、ゴール地点で待ち受ける教授が生徒たちに新たな「あだ名」を授ける。そうして、晴れて皆は家族となる。


 ――全く、人間の考えることは意味不明だ。


 わざわざそんなことをしなくても、名乗りたい名を好きに名乗ればいいだろうに。

 疑似家族も然り、仲間意識を故意に育てようだなどと、奇妙な考え方である。


「その滑り台ですがな」

「うん?」

「実験所の者なら夏中に一度は遊びに行くものです。洗礼の儀が無くとも」

「へえ」

「哀れなことに、あまりに頻繁に人が利用していると、緑藻の繁殖速度が追いつかなくなります。カーペットのように繁茂していたものも……再生できない内にどんどん剥がれ落ちて、晩夏に訪れようものなら……」


 すっかり聞き入っていたステファンとユドくんたちは共に「……ものなら?」と訊き返した。


「ただのコンクリートに尻をこすりつける結果となりますな。特に雌の『水着』は脚の皮膚を覆わないものが多いようで。とても、痛いと聞きましたぞ」

「哀れだな……」

「……哀れだね。君たちの親戚がもっと頑張って生えないとね。こう、モッサァッと」


 ステファンはユドくんたちに向かって悪戯っぽく擬音語を使う。

 緑藻の群体が心外そうに震え出した。


「我々の同胞は精一杯に! 最大速度で繁殖していると思うぞ!」

「まあそうだろうね。ぼくらはいつも必死だからね。人間の方こそ、夏だからって遊びすぎなんだよ。しっかりと研究に励むべきだよね」

「そうですな。我ら藻類を遊びの道具としていないで研究に時間を割けば良いのです――」

「いや待て。人間が遊んでいようが研究していようが、我らのライフサイクルの邪魔をするのに変わりは無い気がするぞ」


 ユドくんの一言に、ステファンたちはしばらく押し黙る。

 やがて、ステファンが答えに辿り着いた。


「まあいっか。増えればいいもんね。採集されようが触媒から剥がされようが、ぼくらの単位は個じゃなくて種なんだから」


 ユドくんたちとユーグレナさまがそれぞれ同意を示す。


 ――結局、場所が遠いため(そして水の流れが速いのが気がかりなため)洗礼の儀式を見に行くことはできなかったが、人間たちの哀れな姿を想像して面白がることにした。

微生物が痛覚の概念を理解しているのは、ファンタジーだからってことにしましょう。

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