01.遠出しよう
「ステファンよ、ちょっといいかね」
「なんだよ、ユドくんたち。何か用なのかい」
「遠出をしてみようと思うのだが、一緒に来ないか? 春の繁殖期に備えて新しい住処を探しに行こうと思って」
「そんなの君たちだけで行けばいいじゃないか」
友人の誘いをステファンは速攻で断った。遠出なんてだるいし、そもそも自分は――
「つれないな」
「というより、ぼくは君たちと違って移動が得意じゃないんだから」
ステファンは珪藻Stephanodiscus属の個体である。
Eudorina属の群体であり鞭毛を使ってスイスイ泳げるユドくんたちと違って、のんびりと流れに漂いながら生きるのが常だ。
「心配いらない。我々にくっついてくれればいいから」
ユドくんたちがぶるぶると震えるようにして近付いてくる。
「我々は新天地を求めている。きっと、次の繁殖期でこそ32に至れる気がするのだ」
「またそんなこと言って……16で何が不満なんだよ」
ステファンは、ゆったりと水の中をたゆたいながら友人をあしらう。
ユドくんたちの細胞数は16だ。Eudorina属はVolvocaceae科の中でも細胞が離れているのが特徴的で、群体は8、16、32の細胞で構成されているのが基本だ。しかし稀に64も128もいるという。ちなみに繁殖の際に細胞がそれぞれ新しい群体を作るので、忙しいやつらである。
「この間、ヴォルたちに遭遇してな」
「ああ、Volvox属の? なんか会う度に大きくなってるというか、増えてるよね」
「そうなのだ! ずるいと思わないか!? 我々はずっと8の倍数に縛られているのに!」
「しょうがないじゃん。彼らの細胞数は桁違いなんだから」
きー! と、ユドくんたちがぐるぐる動きながら怒りを表現している。
なぜ彼らは親戚の属と対抗したがるのか、謎だ。なかよくすればいいのに。
「とにかくぼくは行かな――」
「いいや、来るのだ。ゆこう」
「ちょっと! 勝手に君たちのゼラチンに絡めるんじゃないよ!」
しかし抗議をしてもムダであった。
ユドくんたちの寒天質の球体にくっついてしまったステファンは、成す術もなく流される。
「雨が降ったばかりの今がチャンスだ。新天地を求めて!」
「かっこよく言ってるけど、つまり隣の水たまりまで行くだけだよね!?」