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17.空似について

 水あるところに、藻類あり。


 太古より続いて来た確たる事実であり、それは未来永劫も続くと考えて間違いない。

 微生物とはそういうものなのだ。

 顕微鏡が確立される以前の社会では――しばらく放置した皿の中の水がやがて青や緑色に侵されていくさまは、さぞや人間の目に不可思議に映ったことだろう。

 たとえば蓋つきの容器を水で満たしたとする。それを幾日か太陽光の当たる暖かい場所に置くと、何故か緑藻が繁茂するのである。

 塩素消毒した水道水を更に濾過したものだったのに、一体どこに微生物が入り込む余地があったのか。大気中に緑藻が浮遊していたと言うのか。

 もしかしたら、緑藻は最初から水の中に棲んでいたのかもしれない。

 故郷を遠く離れ、想像するだけで気が遠くなるような旅をしても、生き延びて繁殖するだけのしぶとさを備えていたのかもしれない。


 ――微生物とは、そういうものなのだから。





 長い前置きだったが、要するに――


(試されてる。今こそぼくのタフネスが試されている……!)


 ステファンは珪藻の個体だ。本人(?)は自身をデリケートな生き物だと思い込んでいるが、二酸化珪素を駆使して形成された細胞壁は実際、並大抵の細胞のそれとは比べるべくもなく強靭だ。

 だが、耐えられるとわかっているからと言って、恐ろしくないのかと言うと、そうでもないらしい。


「やーめーてー! ユドくんたち、速度落としてー!」

「断る!」

「なんで!? いつもより搭乗者多いでしょ、君たちだってきついでしょ!?」

「その通りだワ! こっちは結構苦しいのヨ!」


 ステファンの必死の抗議に便乗するのは、同じくユドくんたちのゼラチンに絡めとられて引きずられている藍藻のシアノちゃん。引っ越しの旅は彼女の望みでもあったはずなのだが、おそらくこんなにも突然に実行されるとは予想していなかったのだろう。


「意地だ! 意地でも我々は今、速度を落とせないのだ!」

「君たちは何をわけのわかんない意地張ってるの! 一体何と戦ってるんだよ!?」

「奴らに決まっておろう!」


 各々の絶叫は水流に呑まれて遠ざかっていく。これが人間がドップラー現象と呼ぶやつなのだろうか。違うのかもしれない。


(どうせ「奴ら」ってのも、被害妄想か何かだよね)


 どっと疲れて、ステファンはぼんやりと後方を見つめた。ユドくんたちの進み方は直線と言い難く、描いていく軌跡はぐにゃぐにゃとしている。どうせ見つめたところで何も見えやしない。

 そう思っていたのだが、はっきりしない視界の中で猛烈にこちらに追い縋る球体の姿を見つけて、ステファンはギョッとなった。


「楽しそうだねー」


 緑色の球体は近くで確認すると、大勢の細胞によって成される群体であった。


「ヴォ、ヴォルたち……? 嘘でしょ、こんなとこでまでハチ合うの!?」


 呆気に取られるステファンをよそに、Volvox属の群体は嬉々として話しかけてくる。


「君たち荷物が多いのにすっごく速いね! 同じ緑藻として誇らしいよ」


 厳密には、ユドくんたちと話したいらしい。


「褒めるでないぞ、白々しい! ヴォルたちよ、今こそ勝負だ!」

「競争するのー? 面白そうだからやるー!」


 ユドくんたちが、あからさまに不利な勝負をけしかけている。いけない、友人として止めねば。後で落ち込んでしまわれては面倒くさい――ではなく、慰めるのがきっと自分の役目になってしまうだからだ。ああ、やはり面倒くさい結果になるのを止めたい。


「あら、知り合い? どうせなら、ワタシを運んでくれないかしら。そっちの方が全体が大きくて安定してそうだから、旅も快適そうだワ」


 と、言い出すコイル状の藍藻。それに対し、運び手一号であるユドくんたちは少し速度を落とし、寂しそうに答える。


「些か薄情ではないか、シアノちゃん……」

「だって、勝負なんて面倒だもの」

「ぐ、ぐぐぐ。我々は言い出したことは最後までやり遂げるぞ!」

「競争だわーい♪」


 呑気そうに答えた巨大な緑藻の群体が、あっという間に距離を詰めてきた。


(距離……って、あれ?)


 巨大なVolvoxの群体。間近に寄られるとステファンとの大きさの違いがより明らかになる。その細胞数、果たして――六十はゆうに超えているが、百の位には突入してなさそうな。


「うん? 待ってよ、ユドくんたち」

「止めるなステファン! 群体たるもの、譲れないプライドというものが――」

「うん、君たち以外でそんなことを言い張る緑藻の群体に出会ったことないんだけど? それより、この群体はぼくらのよく知るヴォルたちとは違うんじゃないの」

「……ぬ。そんなまさか」


 ユドくんたちが完全に停止した。やっと一息つけたところで、ステファンはしっかりと指摘した。


「だってほら、数違うんだし。君たちが対抗心燃やしてる相手は、数百の細胞で成されてるヴォルたちでしょ」

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