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12.バイオフィルムについて

「振り落とされたああああ」


 悲痛な叫びが上から響いてくる。声の主は水たまりの中を彷徨っていた。沈みそうだが、沈まない。

 近くで本日の段取りを話し合っていたステファンとユドくんたちは、仰天してその個体に注目した。


「ベラにいさん? どうしたの」


 ステファンは急いで呼び掛けた。

 しばらく顔を合わせていなかったが、確か同じ水たまりに住まう珪藻Cymbella属の個体であったはずだ。身体が長くてステファンよりも大きなことから、つい「兄さん」と敬称を付けてしまう。

 多少の対称性を備えている形状は評価している。


「ステファンか。と、止めてくれ」


 ぐるぐるとCymbella属の個体は水流に揉まれている。現在進行中の大雨の所為だ。ステファンとて緑藻の群体であるユドくんたちのゼラチンに絡まっていなければ、何処へ流されるか知れない。


「ユドくんたち、お願い」

「承知した」


 鞭毛を利用して、ユドくんたちはベラ兄さんに近付き、ステファンにしているのと同じようにゼラチンに絡めとる。


「ぜえ、はあ……。助かったぜ。この俺様がまさか、こんなことになるなんて……」


 その個体は見るからにして疲労困憊していた。


「大丈夫? そういえばいつもは水面エリアに居るはずじゃ」

「おぬしは確か、水面で組まれたバイオフィルムを住処としていたな」

「そうだ。俺様は楽して生きたいから、バイオフィルムの中で生活してたんだぜ……」


 バイオフィルム(菌膜)とは、様々な種類の微生物が何かの基盤にくっついて生活している状態を指す。細菌の分泌物によって守られた閉鎖的空間は、外の世界とは全くの別物と言っていい。

 移動能力の無い珪藻などにはもってこいの環境である。ましてや水面だ、光合成し放題だ。


「この雨にも耐えうる強度のフィルムではなかったのか?」


 ユドくんたちの問いに、ベラ兄さんは苦笑した。


「当然だろ。予想外だったのは、奴らだ。虫だ。さすがに虫に踏まれまくってちゃ、この俺様でも振り落とされちまうんだな」

「あ、ああ。そういうことね」


 この俺様でも、なんて言っているが、住処を離れてしまえばただの一個の珪藻である。外の世界はバイオフィルムのように生ぬるくはない。

 が、本人が至って真面目そうなのでステファンは笑いを必死に堪えた。


「それでどうするの? これから一人で生きていくの」

「バカ言え。俺様は変化する環境が嫌いなんだ。さっさと緑藻にでもくっつくかで、新しい膜を探すぜ」

「我々は協力できないぞ。間もなく雨が止んだら、ステファンと共に新天地にゆくのだからな」


 緑藻Eudorina属の群体であるユドくんたちは、頼まれる前に丁重にお断りした。

 一瞬、ベラ兄さんから「困った」ような空気が流れたが――それをぶち壊すのは巨大な球を成した、ユドくんたちの遠い親戚であるVolvox属の群体。洗練された動きでヴォルたちは近付いてきた。


「ぼくたちが連れてってあげようかー」

「む。そうしてもらえ。今すぐに!」


 ヴォルたちを苦手としているユドくんたちは、ここぞとばかりに賛同を振動で表した。彼らのゼラチンを離れて、Cymbella属の個体は浮遊しかけた。


「適任だね。Volvox属の群体にはアイ・スポットがあるもんね」

「そうか! 恩に着るぜ」


 アイ・スポット――光の射す方向を感知できる細胞小器官。それによって必要に応じて明るい方か、暗い方へ自由に泳ぐことができるのである。ちなみに、ユドくんたちの16の細胞もそれを持っている。


「どういたしましてー。じゃあ、いっくよー!」

「おう! またな、お前ら!」


 話は圧倒的速度でまとまり、ヴォルたちとベラ兄さんは去って行った。しばらくステファンは、水面がある方をぼんやりと見つめた。


「にしてもバイオフィルムかぁ。ちょっと興味あるなあ」

「うむ。菌と密接に生活するのはどんなものだろうな。本当に、そんなに楽なものなのか?」

「さーね。ぼくらも行こうか。隣の水たまりに」


 そして彼らは雨が上がったのを見計らって、出発する。

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