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9皿目【ゴールドラッシュ・ゲイザーズ・ドラゴン】

ティラノサウルスの成体が約六トン。

恐竜や人間を含む大抵の動物の比重が1.0前後、金の比重が19.3。

金一キロの価格が五百万円くらい。

なので、仮に純金製のティラノサウルスのようなものがあれば、美術品としての価値を考慮しなくても、大体五千八百億円ほどで売れることになります。


※※※

一部、自傷行為に類する記述が含まれます。

苦手な人は飛ばしてください。

「五千八百億ってとこやね」

「じゃあそれで頼む」

 買い取りカウンターで書類にサインを書き込み、鑑定士の女に手渡す。

「まいどおおきに」

 民営とはいえ、半ば公共施設といって良い職業ギルドの職員でも当たり前のように方言を使うのは、クローナ王国特有の文化と言えるだろう。この国では、世界共通マニュアル接客が徹底しているはずのコンビニチェーンですら似たようなものだ。


 今朝獲れたての【ゴールドラッシュ・ゲイザーズ・ドラゴン】を工芸ギルドに納め、代金の一部を現金でと、残りの手形を担いで帰途につく。

 ドラゴンハンターは、金になる仕事ではある。金になる仕事ではあるが、元手のかかる仕事でもある。龍殺しの武器は専門業者による特注品だが、強大なドラゴンを相手にすれば刃毀れもするし、メンテナンスも必要だ。現地までの旅費、現地からの輸送費も馬鹿にならない。言わば「大規模自転車操業」とでも言ったところで、数匹続けて獲り損ねれば、立ち行かなくなることもあるのだ。

 先日の【ダークブラック黒ドラゴン】は、情報屋に結構な金を払って買った情報に基づき、遠方への二人分の往復旅費と一頭分の片道手荷物運賃(・・・・・)を使い、高価な撒き餌や狩猟道具を存分に使い潰した上で結局仕留める(・・・・)ことができず、おまけに売約を交わしていた買い取り業者に多額の違約金を払ったわけで、まあうちの財政は相当なことになっていた。

 正直いうと、消化吸収も出来ないようなドラゴンを狩るのは気に食わなかったのだが、俺はプライドで飯が食える身分でもない。

「グラムさん、機嫌悪そうですね」

「そう見えるなら、そうなんだろうなぁ」

 隣で人の気も知らないエルフが、呑気に顔を覗き込んでくる。元はと言えばこいつのわがままのせいでもあるんだが、まあいい。俺だってそれを認めたわけだし、あの【ダークブラック黒ドラゴン】は飼い慣らせば役にも立つことが【自分の子供にチンピラみたいな叱り方する父親ってたまにいるけどあれ実際効果薄いよなぁと感じているドラゴン】狩りの時にも実感できたしな。すぐに元は取れるだろう。

 今回の【ゴールドラッシュ・ゲイザーズ・ドラゴン】狩りについては、「……我は眩しいのは苦手な龍なり」とか言い出したから、家で留守番させたんだが。

 よし、と自分の顔を軽く叩いて、意識を切り替える。金の問題はある程度片付いた。金の問題さえ片付けば、他には何の問題もない。我が物ながら、なかなか素晴らしい人生だと言えよう。

「これやるよ。一応試してみたけど、食えなかったからな」

 実態のない満足感を覚えた俺は、懐から取り出した大判の【ゴールドラッシュ・ゲイザーズ・ドラゴン】の鱗を助手でエルフのゲッカに投げ渡した。

「うわっ、と……重っ! 重いですよ、危ないですよ!」

「そりゃ重いだろ。純金なんだし」

「こんなもの、何に使えばいいんですか」

 使い道がないからやったものに、何故使い道を考えてやらねばならないのか。

「売って小遣いにしても良いし、あとは文鎮とか、靴底に仕込んで修業とか……ああ、あんたも女なんだから、磨いて鏡にしても良いんじゃないか」

「顔が黄色くなりますよね」

 呆れたようにそう言いながらも、ゲッカは鱗に写る自分の顔を、じっと見詰めていた。


***


 全体的に黄色く染まった顔を眺めながら、私はこの一月ほどを振り返っていました。

 メランコちゃん――先日一緒に暮らし始めた【ダークブラック黒ドラゴン】の女の子――はさっきまでこの部屋にいたのですが、私がこの黄金の鱗を取り出すと、「……我は眩しいのは本当苦手な龍なり」とグラムさんのところへ逃げて行きました。

 今は私一人。一人になった途端、鱗の鏡に映る顔から表情が抜け落ちるのですから、他人事のように感心してしまいます。

 エルフでありながら、人族のように丸い耳。耳は石で潰して千切って、治癒魔法で傷を塞ぎました。千切れた肉は路地裏に投げ捨てたので、すぐに猫かカラスの餌になったことでしょう。

 こうして落ち着いてから見たのはほとんど初めてでしたけど、左右の耳の大きさが少し違うのは気になりますね。メランコちゃん用の爪研ぎナイフもありますし、もう少し削りましょうか。

「うーん……やっぱり、美味しくもないですよね」

 血塗れの耳肉を一摘まみ、口に運んで咀嚼してみますが、エルフの何が美味しいのか、私にはまるで解りません。人間はどうしてエルフなんて食べるんでしょう。ドラゴンの方がずっと美味しいのに。

 耳の傷を指に込めた治癒魔法で癒し、ベッドのシーツを汚した血を浄化魔法で漂白し、私は寝転がって、また鱗の鏡をぼんやり眺めていました。


 どれくらいそうしていたか判りません。窓外の景色が夕暮れに変わった頃、私はドアをノックする音で身体を起こしました。

「おい、ゲッカ。飯の準備ができたぞ」

 ドア越しに聞こえるグラムさんの声。口の中にはまだ自分の肉の味が残っていて、あまり食欲も湧きません。私は寝たふりで遣り過ごすことにし、そのまま布団をかぶって黙っていました。

「メランコのやつが、あんたの持ってた【ゴールドラッシュ・ゲイザーズ・ドラゴン】の鱗の光に()てられたって、また腸とか吐いちまってな」

「おはようございます! 今起きました!!」

 エルフも美味しい腸を吐ければ人間に食べられずに済んだのかな、なんて考えながら、私は食器の準備を整えていました。

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