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7皿目【ダークブラック黒ドラゴン】

 王国から見れば果ての果てに存在するイコマの地の、最奥。

 クラガリ峠と呼ばれる場所にその龍は存在した。

「……我は暗黒龍【ダークブラック黒ドラゴン】。この世の総ての闇を司る、夜の帝王なり」

 その体毛と鱗は、光を吸い込むほどの漆黒。しかしそれらで覆われた部分は比較的少なく、これでもかと黒を重ねた名の割には、剥き出しの表皮は精々褐色と言った程度の色合いとなっている。完全な名前負けだと油断した冒険者連中を、【ダークブラック黒ドラゴン】は幾人も餌食にしてきた。本職のドラゴンハンターにとっても、容易い相手ではない。それも、今回出食わしたのは。

「ノワール種、か」

 最上級の変異種。内臓を抜いて釜茹でにした後、数ヶ月かけて天日干しにすれば、高級食材として取引される。古くは滋養の薬としても用いられたそうだが、現代に比べて遥かに栄養状態の良くない時代においては、今では日々の食卓にも並ぶような【鶏卵ドラゴン】や【にんにくドラゴン】だってその範疇だったのだから、これは然程重んじる情報でもないだろう。

「あれが【ダークブラック黒ドラゴン】ですか? 本当に?」

 戸惑ったように此方へ確認する助手のゲッカにも、やはりそう持て囃す程の高級食材には見えないのだろう。言うほど黒くもないしな。

「刺身で食うこともあるらしいが、干し【ダークブラック黒ドラゴン】にするのが王道だな」

 乾燥は専門の業者に任せるし、完成品は俺に手の出せる額ではないから、食ったこともないんだが。丸ままじゃなけりゃ買い手も付かないから、納入前に一切れなんて訳にもいかないし、つまらん龍だ。

 知らず視線に恨みがましい物が籠る俺の耳元で、【ダークブラック黒ドラゴン】と対をなすほど蒼白な(つまり、言うほど白くはない)顔色したゲッカが叫びを上げた。

「あんな子を食べるなんて! 人間はやっぱり野蛮です!!」

 くそう。耳がキンキンする。

「なんだよ、今更エルフキャラかよ」

 俺は自身の恨みがましい眼を、そのままゲッカにシフトした。

「キャラとかじゃないですよ! だっておかしいでしょ、自分達と似たような姿の種族を食べるなんて!」


***


 いやいやいやいや。おかしいでしょ。何を平然としてるんです、この人は!

 はらわたを抜いて天日干しにするんだよ、じゃないですよ! 野蛮野蛮、野蛮です!

 【ダークブラック黒ドラゴン】はどう見たって二十歳かそこら……人間換算だと十歳そこそこの可愛らしい女の子の姿をしています。黒髪に黒い瞳、チョコレート色の肌はこの国ではあまり見掛けませんが、南方では珍しくもないものです。貫頭衣のような毛皮を纏っていますが、腕や脚に所々見える小さな鱗と、両腕から脇腹に繋がる皮翼を隠せば、人間や耳を削ったダークエルフの子供とも見分けがつかないでしょう。

 そんな私の受けた衝撃の理由が解らないかのように、グラムさんは困ったような顔で、首を傾げます。

「いや、似たような姿って言っても、何処までがその範囲になるのかって言うかな……エルフだって、えー、あれなんて言ったっけ。あの【猿ドラゴン】みたいな動物」

「ひょっとして、猿ですか?」

「それそれ。その猿の脳みそくらい食うだろ? 猿まではセーフか?」

「食べませんよ! エルフは肉は食べません!」

「ここんとこ三食ドラゴンの肉食ってるエルフに言われても説得力ないけどな」

 ……困った時はリアクションを返さない!

 ほんの少しの沈黙の後、私の計算通り、グラムさんは次の話題を振ってくれました。

「あー、なら、アルラウネだ。あの辺はセーフなのか? ドリアードは?」

「どっちも食べません!」

「マジかよ、偏食の極みだな……」

「年中三食ドラゴンしか食べないグラムさんにだけは言われたくないですね!」

 振られた話題も酷いものでしたが。

 やっぱり人間は野蛮です。グラムさんはたまたまドラゴン狂いだからエルフを食べなかっただけで、もし私が【エルフドラゴン】だったら当然のように絞めて捌いて刻んで醤油で炒めて食べていたことでしょう。そんなドラゴンいるのかは知りませんし、まぁ、ドラゴン狂いのグラムさんは、普通の人間と違って怖くもありませんが。

 ふと、そんなドラゴンハンターの文字通り俎上に上げられつつある【ダークブラック黒ドラゴン】の方へ目をやれば、虚ろな双眸でぼんやりとこちらを眺めつつ、手持無沙汰気に自分の髪で三編みを編んでいました。かわいい。

 ほのぼのした心地でしばし【ダークブラック黒ドラゴン】に目を奪われていると。

「なるほど、情が移ったのな」

 と、呆れたような声音に振り返れば、両手を軽く上げたポーズのグラムさんが、小さく首を振っています。

「わかったわかった、殺すのはなしだ。飯はともかく、正直最近金がやばいんだが……何とかなるだろ」

 降参だ、と苦笑いを浮かべるグラムさんに、私は「ありがとうございます!」と心からのお礼の言葉を返、そう、とした刹那、

「まあ、その代わりだな」

 グラムさんの姿が掻き消えるように視界から外れ、

「……げぶぅ!」

 と可愛らしいのか汚らしいのか判断に迷う悲鳴が、少し離れた場所から聞こえてきました。

 そこには、お腹を押さえて痙攣し、口から白くてぶよぶよした何かを垂らす【ダークブラック黒ドラゴン】と、そのぶよぶよを掻き集めるグラムさんの姿が。

「何やってるんですか!」

「大丈夫大丈夫。腸は吐いても再生するから」

「再生すればいいってもんじゃ……って腸!?」

「ノワール種なら完全再生まで十五分ってとこだな」

「再生早っ!!」

「一晩塩漬けにして摘みにするも良し、味噌と出汁で煮て汁物にするも良し、とのことだ」

「汁物にしましょう!!」

 そうして私、グラムさん、【ダークブラック黒ドラゴン】の三人は、輪になって鍋を囲み、美味しいお汁に舌鼓を打ったのでした。

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