6皿目【キャベツドラゴン】
「野菜を食べたいです」
「野菜」
野菜、と言われて、一瞬固まった。
「野菜ってどんなのがあったっけか」
諦めて、そう問い返す。
「どんだけですか! 普段ドラゴンしか食べないからって、そこまで忘れないでしょ!」
一般常識ですよ、と珍しく怒った様子の助手に、恐怖や反感よりも、むしろ感心の念が勝った。
この助手、エルフのゲッカは、余程野菜が好きなのだろう。エルフは本来ベジタリアンだと聞くし、実家が農家でもやってるんだろうか。俺だって、「ドラゴンってでっかいトカゲだろ?」なんて言われたら多少なりとイラつくしな。でっかいトカゲなんてほんの一部だ。
「あー、野菜っていうとあれだろ、四群点数法でいうと第三群の」
どうにか残った記憶の欠片を掘り返し、俺は野菜知ってるよアピールを繰り出す。
「何ですか、その四群ナントカって」
「ほら、家庭科でやった、青赤緑黄の。【レッドドラゴン】が赤とか、【グリーンドラゴン】が緑とか」
「糞ほども参考にならない例示ですね……」
何故かげんなりとしたゲッカは大きく溜め息をついた。
「でも、何となくわかりました。私が習ったのは赤緑黄色の三色だったと思いますけど。豆が赤、葉物が緑、お芋や麦が黄色とか」
「昔は三群だったらしいな。そういやゲッカ先輩、俺より大分年上でいらっしゃいましたよね」
「敬語はやめてくださいよ!」
四群点数法自体は俺やゲッカが生まれる前からある食育の手法だが、初等教育ではその簡略版である三群点数法が教えられていた時代もある。ピンポイントなジェネレーションギャップだな。
「で、野菜っていうと例えば?」
と、ここでさらっと話題を流すチャンスを投げると、
「え? えー、ほら、ニンジンとかキャベツとかですよ!」
とあっさり乗ってきた。これが会話術というものだ。
しかし、キャベツか。キャベツな。あー……あー、そんなのあったな。
「なら、今日は野菜にするか」
食事というにはピンと来ない食材だが、まあ、たまには良いだろう。助手の希望を叶えてやり、気持ち良く働かせるのも、ドラゴンハンターの仕事だ。
「やったー! 野菜野菜!」とテンション爆上げではしゃぐゲッカを微笑ましく眺めながら、仕事道具の確認を始めた。
「……我は【キャベツドラゴン】」
「ドラゴンじゃないですか!」
「逆に何だと思ってたんだよ」
ジョーソー地方に棲息する【キャベツドラゴン】は、伝説のドラゴンシーカー・タロウによって発見された、タロウズドラゴンの一種だ。赤を基調とした帽子のような頭頂部を除けば黄色一色の全身は肉の密度が低く、体格のわりには身軽で、また、サクサクして旨い。口の中で蕩けるでんぷん質の甘さは嫌味がなく、幾ら食べても飽きが来ないのだ。
「……我は【キャベツドラゴン】。キャベツの入っていない龍なり」
「キャベツ入ってないって! 言ってますよ!!」
「いや、そりゃ【うぐいすパンドラゴン】にもウグイスなんか入ってねえしな」
よくわからないポイントでキレるゲッカに、「何怒ってんだよ」と尋ねると、
「この【キャベツドラゴン】って、四群点数法だと何色ですか!」
「確か、黄色だな」
色も黄色いしな。
すると、ほら見たことか、とゲッカは。
「キャベツは緑ですよ!!」
衝撃の事実を、告げた。
「マジかよ……すまん」
そりゃキレるわ。
マジ申し訳ない。【申し訳ないドラゴン】くらい申し訳ないわ。
あまりの申し訳なさに、俺は他に言うべき言葉を見付けられず、仕方なしにこう言った。
「でもこいつ、旨いぞ」
「ならいいです!」
なら良かったらしい。明るい笑みに俺も微笑を返し、【キャベツドラゴン】へ向けて首刈り斧を振りかぶった。