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4皿目【ウィキドラゴン】

昨日は初日なので三話ほど投稿しましたが、今後は日内複数話ということはないものと思われます。

「【ウィキドラゴン】? それって美味しいんですか?」


 助手のゲッカが俺に問う。

 旨いか不味いかで言えば、旨い。網焼きにして【レモンドラゴン】を絞ると【白い飯ドラゴン】と最高に合うのだ。骨もパッリパリに焼いてバッリバリ食う。これも旨い。旨いだけではなく、栄養価も高い。

 夜の井戸のように昏く思慮深さを湛える眼球や、青光りする鱗を剥がした裏の皮にはDHA(ドコサヘキサエン酸)と呼ばれる不飽和脂肪酸が多く含まれ、これが頭脳に良いとされて一時期巷でブームになった。

 DHAは人体では脳の他、網膜や精液の構成でも大きな割合を占める。他国で行われた動物実験では、実際に一ヶ月間拘束されて精液を絞られ続けた被験体が脳機能に深刻な影響を受けたというデータもあるらしいが、逆に一ヶ月間拘束されて精液を飲まされ続けた個体も同等の脳機能低下を示したということで、「DHAで頭が良くなる」なんてのは現在じゃ擬似科学か、良くて気休め程度の効果とされている。

 まあそんな話を女性である助手にすることは、現代社会においては最悪、社会的生命の剥奪にも繋がる重犯罪だ。

「おう、旨いぞ」

 とだけ、俺は返した。それに

「お供します、グラムさん!」

 と即答するこの助手も、大概なものだとは思うが。



 フロリア地方に存在する巨大なアカシアの単層林に、【ウィキドラゴン】は棲息する。十数年前に突如として表れたこの不自然な密林は、【ウィキドラゴン】の魔翌力によって産み出されたものだと言われている。魔翌力とは、ドラゴンのみが自在に操る「魔力の後に在る力」のことで、ドラゴンの固有アビリティはこの魔翌力に依るものだ。魔翌力の更に後に位置する魔翌翌翌力というものもあるらしいが、「翌」が一気に二つ増えるのも意味不明だし、ドラゴン以外の種族には知覚すら出来ないため、正直どっかのドラゴンが吹かしているだけで、そんな力は実在しないのではないかと、俺は睨んでいる。

「……我は全知龍【ウィキドラゴン】。万象を見聞し、開闢(かいびゃく)から現在(いま)に至るあらゆるを()る存在よ」

 【ウィキドラゴン】は世界中の情報を集めるのが趣味ということで、【ウィキドラゴン】の巣までの交通の便は極めて利である。俺の家からも地下鉄で一本だ。新快速も止まるしな。

「よう。全知だってんなら、俺の用事は判るよな」

 軽くてを挙げて挨拶を送ると、目前の巨大な龍はその洞のような瞳孔でこちらを品定めする。

「……矮小なる人の子よ。名は、グラム=ロック……帝国歴六〇五年七月十日生誕……は、クローナ王国のドラゴンハンター……食肉ギルド所属……工芸ギルド所属……血液型はO型……狩人の父と保育士の母の間に次男として生まれ……」

「関係ねえ個人情報を晒すんじゃねえよ、ボケ」

 俺は急いで荷物から取り出し組み立てた短弓から矢を放ち、相手の額に叩き込んだ。相手がでかいと突っ込み一つ入れるにも手間がかかる。これがドラゴン狩り最大の労苦とも言えるだろう。

「……今回の来訪の目的は、我を弑し、その肉を奪う

こと……要出典、か」

「正解だ」

 木漏れ日を弾く青い鱗が、ぬらり、と濡れた。

「……くだらぬ。全知たる我に敵う者など、人の子の身であろう筈もない……要出典」

 生臭い風が【ウィキドラゴン】の背から吹き下ろす。【ウィキドラゴン】が鰭状の爪を構えるのに合わせ、俺も背中の刺身包丁を抜く。


 睨み合いが終わったのは、きっちり七秒の後だった。

 ぐぅ。きゅるるるる。

 背後の木の陰から、気の抜けた腹の音が響く。気勢を殺がれた俺とドラゴンの視線を受けても、音の主は頑なに姿を現さなかったが、同行者である俺は勿論、自称全知のドラゴンにもその存在は見透かされていた。

 【ウィキドラゴン】はゲッカの隠れている木の方向を見つめたまま、つらつらと語り始める。

「……腹鳴りし森の子よ。名はゲッカ、氏族はツクモ……帝国歴五九六年十二月十日生誕……」

 マジかよ。あいつ俺の九つ上か。敬語使った方が良いんだろうか。

 そんな俺の懊悩もドラゴンらしい傲慢さで気にも留めず続ける【ウィキドラゴン】。

「……ドラゴンハンターのグラム=ロックの助手……要出…典……」

 と、ここで、突然【ウィキドラゴン】が言葉に詰まる。凍り付いたような気配に振り替えると、そこにはだ。

「……作成しようとしている記事の文章量が少なすぎるようでがぼぼぼぼぼ」

 口から泡を吹きながら痙攣する【ウィキドラゴン】の姿があった。

「……作成しようとしている記事の文章量が少なすぎると判定されました。【ウィキドラゴン】におけるひとつの記事として求められる文章量に……達して……げぶっ、ごばっ……」

 次第に泡に血の色が混じり、

「……この【ウィキドラゴン】は即時削除の方……針に従い、ま……もなく削除さ…れ……ぐふぅ」

 ズン、と地を震わせて、木々をへし折りながら、その場に倒れ付した。

 全知を謳う【ウィキドラゴン】とて、その種の始まりはほんの十数年前だ。それより前のマイナー事象についてなんて、詳しく記載されているはずがない。全知という自身への定義との自己矛盾により、【ウィキドラゴン】はその精神の死を迎えたのだろう。

 俺はとりあえず助手を呼び寄せ、新鮮な内に【ウィキドラゴン】の身を捌き、腐りやすいが旨い部位から切り取って刺身と焼き【ウィキドラゴン】で腹を満たしたら、残りをアイスボックスに詰め――地下鉄での、帰途についた。

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