32皿目【黄金柏葉剣付ダイヤモンド騎士鉄十字ドラゴン】
金の有る者、学力の高い者、見目の良い者は周囲に相応の振る舞いを許され、またそれを求められ、それを自身に刻み付けて生きる。
故に、大抵の貴族は没落しても高貴か高慢であるし、田舎町の神童は首都でもインテリぶるし、かつて若さと制服補正だけで大した顔でもないのに年上を手玉に取った元女学生はいつまで経っても勘違いを続ける。
手紙を読むだけでも、その人がどのように扱われて育ったかは何となく察するし、特に隠されるようなことがなければ、言葉の端々で顔立ちくらいは想像がつく。取り立てて俺の観察力が優れているというわけではない。それは二十数年も人間社会で生きていればできて当たり前のことだし、できない奴の方がおかしいとも言える。
俺は、目の前でどす黒い汁を滴らせる腐った肉塊の、生前の姿を想像していた。
「……我はかつて【黄金柏葉剣付ダイヤモンド騎士鉄十字ドラゴン】と呼ばれた存在。亡国の残滓に沈み、淀んだ霞を貪るのみの屍なり……」
黄金に輝く柏葉型の翼、金剛石の瞳、剣の如く鋭い鱗と、先の方で三叉に分かれた黒鉄の尾。
それは最上位種のドラゴンの一つであり、大変に美味なことでも知られていた。
しかし目の前のそれは、既に【黄金柏葉剣付ダイヤモンド騎士鉄十字ドラゴン】ではない。翼は敗れ、瞳は落ち、鱗は剥がれて骨が突き出し、尾も半ばほど腐り落ちている。【黄金柏葉剣付ダイヤモンド騎士鉄十字ドラゴン】ゾンビと呼ばれるそれの討伐が、今日の俺の仕事だった。
定職とも言える【もぐらドラゴン】駆除の合間に冒険者ギルドでバイトを探していた所、何とも割の良い仕事があったので引き受けたわけだが……失敗だったかな。
「腐っても、えぇと、あの、何とかって魚」
何だっけ。
「……愚かなり人の子……『腐っても鯛』であろう……」
「そうそれだ。腐ってもタイって言うけど、ドラゴンは腐ったら食えないのが困るよな」
「……鯛もまた腐れば食えぬわ……」
流石は上位種のドラゴン、博学ではあるが、それなら腐ってもタイってのはどういう意味なんだ。ことわざはちょいちょいマイナーな動物の名前突っ込んでくるから難しい。
ともかく、気を取り直してだ。
「お前には悪いが、金のために殺すぞ」
俺は身の丈ほどある鉄扇を、【黄金柏葉剣付ダイヤモンド騎士鉄十字ドラゴン】ゾンビに向けて構えた。
「……来るが良い。朽ちたりと言えど、人の子などにそう易々と討たれる我ではないぞ……」
【黄金柏葉剣付ダイヤモンド騎士鉄十字ドラゴン】ゾンビもまた、その爪と尾を振り上げた。