31皿目【学園ドラゴン】
私、ツクモ氏のゲッカは平凡なエルフ。ひょんなことからドラゴンハンター・グラム=ロックさんの下でハンター助手として雇ってもらうようになったんですが、ひょんなことからハンター業の経営が傾き、長期休職扱いとなってしまいました。
休職期間は短くても二、三年。少しずつ仕事も覚えてきたかな、と思ったところでこの長期休職……これから私どうなっちゃうんでしょう。
と凹んでいたのですが、よく考えたらあれですね。
エルフにとって、二、三年とか誤差みたいなもんでした。二、三日と二、三年って似てますしね。あ、二、三分も似てますよ。
そう思うと気分が軽くなったので、折角ですから、何か時間のかかることをしよう、と思い立ったわけです。
「おはようございます!」
「おはようございまーす!」
週末二日間のお休み明け。足取り重く歩く少年少女の流れの中、正門の前で朝の挨拶をしている風紀委員の人に返事を返し、悠々と、揚々とグラウンドを通って校舎へ向かいます。
そう、学校です、学校。折角の機会なので、学校へ通うことにしたのですよ。
私立リゲル学院中等部。王立学校の三倍の学費と八割の偏差値、うちから自転車で十五分という立地を持つそれが、私の通う学舎です。
国によっては入学年齢が法律でに定められている所もありますけど、この国はそういうのないらしく、入試を通って学費が出せれば、誰でも通えるらしいですね、学校。なので、毎年入試の季節になると、性的倒錯者の人が必ず十人足らずくらいですかね、初等学校の入試を受けに来たりするらしいんですけど、面接もあるので普通に落とされるらしいです。
私が通っているのは中等学校で、初等学校を卒業した子が入る所なので、生徒は大体十歳から十五歳くらいになりますね。私も三十路回ってますけど、外見はミドルティーンなので問題ないでしょ。面接通りましたしね。
最初の三日くらいは結構緊張してましたけど、もう入学式から二週目になりますし、流石に慣れましたよ。廊下を渡って教室へ。ドアをくぐって室内へ。
「ゲッカちゃんおはよー!」
ほら、ちゃん付けて呼ばれてますし。言わなきゃバレませんて。
「おはようアビー」
友達もできましたし! ほら、私三十路って言っても二十年くらいは記憶も意識も曖昧なまま残飯漁ってただけなんで、人生経験の大半虚無なんですよ。精神年齢低いらしいんですよね。
だから若い子の中にいても余裕です。
「物理の宿題終わった?」
「え、何だっけそれ」
余裕で宿題も忘れます。
「ほらー、物理だけでモンスター倒すやつ」
そう言ってアビーは自分の鞄を開け、中から血抜きされたツノツキ兎の死骸を見せてくれました。
「ああ、そんなのあったねえ」
授業のためなんかに生き物を殺すなんて、人間の学校は野蛮です。いえ、物理担当の先生が野蛮なだけかもしれませんが。
「あったねって……ゲッカちゃん物理の先生に目付けられてるんだから、宿題くらいちゃんとやってきた方がいいよー?」
そうはいっても、物理苦手なんですよねえ。魔法の方が慣れてますし、どうも武器ってすぐ壊れてお金かかるイメージありますし。「物理」としか言われてないはずなので、物理属性の魔法ならギリギリセーフでしょうか。セーフですね。
ちょうど外に【MSゴシックドラゴン】が飛んでますし、あれ落としましょう。
「えい」
窓際に寄って狙いを定め、指先からそこそこ高めの濃度に圧縮して「物理エネルギー」という意味不明な概念に変換した魔力を飛ばすと、
「ぐわああああ……我の翼に傷をつけるとは何者か……!!」
「うわああああドラゴンが落ちてきたぞおお!!」
「逃げろおおおおおお!!」
「きゃあああああ助けてえええええ!!!」
うまいこと当たりました。後は物理法則にしたがって落ちて死にます。
「ドラゴンってモンスターだよね」
「そ、そうだけども」
アビーは根が真面目な子だからか、ギリギリで宿題を始める私に呆れているようでした。ううん。次から気を付けましょう。
「教室に運ぶのは無理そうだし、逆鱗剥ぐだけでいいかな」
窓から飛び降り、三階分の衝撃を風の魔法で相殺してドラゴンに近寄り、一応心臓に物理エネルギーを叩きこんで止めを刺したら、逆鱗を剥がします。【MSゴシックドラゴン】の逆鱗は、魔力を流すと十六進数でエンコードされた波形に応じた鏡文字が浮かび上がるので、これにインクを塗って大量印刷に使います。大体いつでも需要があるので捌きやすいんですけど、学校への提出物だからギルドに売るわけにもいきませんね。後で肉だけでも回収できるでしょうか。
肉の回収どころか、宿題の再提出さえ求められました。で、求められた後「再提出されても困る」という教頭先生からの通達があったらしく、宿題忘れの罰当番として、校舎内の清掃を命じられたわけです。
物理属性魔法がアウトなんて聞いてない、と反論した所、常識で考えろと怒鳴られました。人間の常識なんて知りませんよ、というかその常識を教えるのが学校でしょう……あ、だから怒られて、罰清掃なんですねえ。今納得しました。怒りが霧散しましたよ。
「三階の西棟終わったよー!」
清々しい気持ちで渡り廊下へ辿り着いた所、ちょうど反対側からアビーがやってきた所でした。
「ありがとう、アビー。本当にごめんね」
「いいよいいよ、一人で廊下全部掃除とか無理でしょー」
世の中には善良な人間と言うのがいるもので、この友人、知り合って一週間の私の、罰清掃の半分を請け負ってくれたんですよ。無償で。人間の言う聖女という奴じゃないでしょうか?
最後に二人で渡り廊下を掃き浄め、中程で合流して、東棟の階段から二階へ向かいます。
この校舎は二頭の【学園ドラゴン】の死骸を渡り廊下で繋いだものになります。学院ができたのは四十年前ですが、東棟が建て増しされたのは十年前。でも、ドラゴンとしては東棟の方が数十歳ほど年長だったそうなので、「新校舎」って呼び方は当初からされなかったんだとか。学校見学の時にそんな小話を受けました。
「一人でドラゴンを落とすなんて、ゲッカちゃんって本当に強いんだねー」
「相手完全に油断してたし、不意打ちなら誰でも勝てると思うよ」
低速でまっすぐ飛んでる相手に魔法当てるだけですしね。当てたらおしまいなんて、狩りじゃなくて的当てでしょ。
それでも納得しない様子のアビーに、私は制服のポケットに畳んで入れていたプリントを一枚取り出し、紙飛行機を折って、
「この飛行機のね、翼を一枚ちぎるでしょ」
びりっと破って、飛ばしてみせました。
「墜ちるでしょ」
紙飛行機は頭から墜落して、機首をへし折って倒れました。
「これ」
上位種だったら翼なんかなくても飛べますし、それどころか私の魔法なんか当てても弾かれますし、そもそも魔力向けた時点で感知して校舎ごと灰にできますしねえ。
「……色々言いたいことはあるけど」
まだ釈然としない様子のアビーは、紙飛行機を拾って、言いました。
「そのプリントって掃除の後に提出する反省文だよねー?」
「あっ」
やばいですねこれ。
やばいです。
「一緒に謝ってあげるよー」
世の中には善良な人間というのがいるものだなと、改めて思いました。