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3皿目【地鶏ドラゴン】

「衣のサクッとしたのより、私はこういう油でじっとりした奴の方が好きですね! 油物にサッパリさを求めるなんて本末転倒の糞邪道ですよ!」

 にっこにこしながら串を齧り、くっちゃくちゃ肉を咀嚼するエルフ――という光景にも、そろそろ違和感を覚えなくなってきた。とはいえ、

「ひゃーぁ、満腹満腹!」

 などと言いつつ、【地鶏ドラゴン】唐揚げ串の串で歯の隙間を掃除している様については、慣れるのに今しばらくかかりそうだが。

 俺ことドラゴンハンター・グラム=ロックは本日、【地鶏ドラゴン】を狩りにこのヒナイの地を訪れていた。

 先立って「行き倒れエルフ」から「助手エルフ」にクラスチェンジしたゲッカを連れての道程は、実の所、俺一人での機動力ともそう差はない。初見で少年と見紛う程度に年若い女となれば、体力面で足手まといになるだろうと思っていたが、流石はド田舎出身、前職放浪者(ワンダラー)だ。飯さえ食わせれば悪路も平気で踏破するし、山林となれば俺より頼りになる。魔法も初級呪文なら火に水にと使いこなす、なかなか便利な相棒だ。

「でもグラムさん、これお肉全部食べちゃいましたけど、大丈夫なんですか?」

「次は食い終わる前に聞こうな」

 食費は少々上がったが、光熱費が下がったのはありがたい。食材なんてほとんど原価ゼロだからな。

 それにまあ、今回に関しては、肉は気にしなくていい。

「肉が目的なら、このヒナイには【地鶏ドラゴン】より上位種の【国産ハーブ鶏ドラゴン】だっているんだ。そっちを狩るさ」

「えっ、じゃあそれ狩りましょうよ! まだ日も高いですし、今からでも間に合いますよ!」

「だから肉を獲りに来たんじゃねえんだよ!」

 人の話を聞かないのでマイナス1して★★★☆☆(ほしみっつ)って所か。

「なら何だって言うんです。ドラゴンなんて肉の味と栄養価にしか価値のない存在じゃないですか」

 肉食系エルフ娘は咥えた串を前歯で上下に揺らしながら、ひどく歪んだ思想を口にした。

 うーん。一応エルフの建前では、「生けとし生ける者は全て役割と天命を持つ」「食事で命を奪うのは野蛮」とかいうことだったはずだが、実家に帰った時なんか、カルチャーギャップでえらいことになるんじゃなかろうか。

 俺だってドラゴンハンターの端くれだ。獲物であり、宿敵とも言えるドラゴン共には相応の敬意を払っているし、肉以外に価値がないなんて言われると納得いかない。ドラゴンに関わるのなら、こういう勘違いは早めに正しておく必要がある。俺は己の首を大袈裟なほどに左右へ振って、ゲッカへの講義を授けてやることとした。

「串だよ、串。あんたが今咥えてる、串」

「串ですか?」

 ゲッカはぎょっとした面持ちで、今まさに噛み砕こうとしていた串に目を寄せた。寄り目上手いなこいつ。

「それは【地鶏ドラゴン】の逆鱗で、地鶏棒と呼ばれる物だ」

「地鶏棒?」

「ああ。【地鶏ドラゴン】を狩ってる時、あいつの首の動きを見ていたか?」

「そんな余裕あったと思います?」

「だよなあ」

 悪路を歩くだけなら満点以上のゲッカだが、特段戦闘能力が高いというわけではない。魔法も中級以上は習う相手がいなかったとのことで、ドラゴンとの戦いに使えるような高度な物は知らないらしい。戦闘中は少し離れた場所でひたすら逃げ回っているのが基本となる。【地鶏ドラゴン】は下位種とはいえ、騎士団の一個小隊くらいは軽々吹き飛ばすドラゴンだ。首の動きなんて見ている暇はないだろう。

「【地鶏ドラゴン】はな、前後に歩く時に首が一切揺れないんだよ」

「首が揺れない?」

「正確には、首を振ることで、姿勢の変動による脳と視界の揺れを相殺するんだ。ほら、言われてみれば何となく思い出してくる気がするだろ」

「あー……あ、あー! でしたでした、なんかぐいぐい首振ってた気がします!」

「それが【地鶏ドラゴン】の固有アビリティ《スタビライズ》だ」

 大抵のドラゴンには、固有アビリティと呼ばれる、その種独特の生来スキルを持つ。中には複数の固有アビリティを持つドラゴンもいるが、その中の最も重要な一つが、そのドラゴンの逆鱗と呼ばれる鱗に宿る。

「地鶏棒には、スタビライズの固有アビリティが結晶化されてるんだ」

 ちなみに、【国産ハーブ鶏ドラゴン】も《スタビライズ》の固有アビリティは持っているものの、逆鱗にはそれ以上にレアな《薬草回復効果2倍》が結晶化されているため、《スタビライズ》の効果は持たない。

「へー。で、その地鶏棒が何の役に立つんです? あれですか、茶碗蒸しを竹のスプーンで食べると美味しい、お肉を地鶏棒で焼くと超美味しい! とかそういう話ですか?」

「ちげえよ」

 食から離れろ。

「こいつはな、こうやって使うんだよ」

 俺は懐から取り出した魔導式画像記録器(カメラ)を地鶏棒の先に取り付け、レンズをこちらに向くようにして、ゲッカの隣に並ぶと、

「三、二、一、笑え」

 カシャリ、とシャッターを切った。

「とまぁ、こうして記念写真を撮るのに非常に便利なんだ」

 横を向けば、溢れんばかりの笑顔を咲かせていたゲッカが、こちらへ振り向きながらその表情を驚きのそれに差し替え、

「なるほどですね!」

 と同意した。

「《スタビライズ》の効果で手ぶれ補正機能もついててな、最近成金旅行者から中高生まで幅広く売れてんだよ」

 これが最近【地鶏ドラゴン】の需要が増えている理由なわけだ。

「ドラゴンって、お肉だけじゃないんですね」

 この新米助手も判ってくれたようで、俺としても大変嬉しい。

 そう、ドラゴンは肉だけじゃない。鱗も革も牙も爪も骨も、余すところなく役に立つ存在なのだ。

「この地鶏棒の何が優秀って、持ってる自分の姿が本人の視界には入らないのは勿論、写真にも写らないことなんだよ」

「傍から見ると超馬鹿っぽいですもんねえ。こんなの街中で見掛けたら、頭沸いてんじゃないかって思いますよね」

 ただ一匹のドラゴンにさえ、幾つもの用途があり、この時代になって新たに発見される物もある。技術の進歩は今まで考えられもしなかった用法だって生み出すことだろう。その上、世界には様々なドラゴンがいるのだ。

 折角こうしてドラゴンと関わる機会を得たのだから。俺はこの助手にも、ドラゴンの可能性を愛してもらいたいと思う。

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