24皿目【猫とチョコレートとドラゴン】
「流石は法則操作系のドラゴン。まさかここまで苦戦するとはな」
「あれ苦戦だったんですか?」
思わず振り向きながら尋ねると、何見てたんだよ、と溜め息混じりに返されました。納得がいきません。
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法則操作系のドラゴンというのは、その魔翌力の及ぶ範囲で、この世のあらゆる物理法則や魔法法則を無視し、その定めたルールのみを絶対とする《法則空間》を創る能力を持ったドラゴンのことだ。最も有名なのは【スフィンクスドラゴン】だろうが、あれは獲物や外敵にクイズを出し、答えられれば自分が死に、答えられなければ相手が死ぬ、という異常にリスクの高い《法則空間》を創ることができる。まあ、あいつら普通に強いし、《法則空間》は任意発動だから、殴り合いで勝てる相手はそのまま噛み殺すんだが。
《法則空間》にはクイズやパズルで勝負して、というものが多いが、中には何の意味もないのに出会い頭にクイズを吹っ掛けてくるドラゴンもいる。あいつらは単純に、クイズが好きなんだろうな。
今回の獲物、【猫とチョコレートとドラゴン】も法則操作系のドラゴンだった。大抵のドラゴンは人間を舐めてかかるから、今までは《法則空間》を使われることもなかったんだが、今回は連れに【ダークブラック黒ドラゴン】のメランコがいた。ドラゴン同士はたとえ初対面でも、互いの強さを知っている。【猫とチョコレートとドラゴン】は即行で《法則空間》を発動し、俺達はあいつとゲームで勝負しなければならなくなったわけだ。この中では、ルールに従わなければ互いに傷一つ付けることもできない。
空の色すら変わって見える《法則空間》の中、【猫とチョコレートとドラゴン】はゲームの「お題」を告げた。
「……汝はか弱き人の身でありながら、強大なる龍に襲われた。猫、タカ、第二ボタン……この中から一つを選び、その場を逃れて見せよ」
【猫とチョコレートとドラゴン】の《法則空間》に囚われた者は、一つの状況と、三つの道具、一つの数字を与えられる。そして、その三つの道具の内から、与えられた数字の数だけを選んで用い、状況を解決する案を提示してドラゴンを納得させる。それがこの《法則空間》に於ける、唯一の勝利条件となる。しかし、この設問はまずいな。
「ネコ……と、タカ、だと……? くそっ、一体どんな道具なんだ、見当も付かねえ……」
「いやいやいやいや」
「こうなったら仕方ない。答えはこうだ、『第二ボタンでドラゴンを狩る』」
何故だか首を横に振っているゲッカを視界の外に、俺は自分のシャツの第二ボタンを引きちぎり、軽く助走をつけ飛び上がると、【猫とチョコレートとドラゴン】の眉間に叩きつけてその頭蓋を貫いた。
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「もう一度訊きますけど、あれ、苦戦だったんですか?」
「してただろ、苦戦。メランコはあの問題解けたか?」
「……永き懊悩の末、解は得られたり……愛々しき猫の子で龍の目を引いた隙に、脳天より裂く」
「か弱き人の身、って前提無視してませんかね」
グラムさんは本当に人間だったからギリセーフかもしれませんが、メランコちゃんの武闘派解決は完全にアウトですよね。
「……ならば、ゲッカよ。汝が解を示すがよい」
「え、えー、タカに掴まって飛んで逃げる、とか」
「へえ、そのタカってのを使うと飛べるのか?」
「あ、いや、ちょっと無理ですねえ……」
「駄目じゃねえか」
「……智に研鑽せよ……」
呆れ顔の二人には納得できない部分もありましたが、言ってることは間違ってもいないのです。それにこのゲーム、真面目にやればいざという時の緊急対応の練習にもなりそうです。グラムさんやメランコちゃんがいれば万一もないと思いますけど、「ドラゴン狩りは不測の事態も多いから、常に準備を怠るな」とはグラムさんのお言葉でもありますしね。
そんなわけで、帰り道はずっと三人でお題を出し合い、私は全問武闘派回答の二人をいかにして知性派に切り替えさせるかに、頭をフル回転させていました。




