23皿目【猫ドラゴン】
「……我は【猫ドラゴン】。眠い龍にゃり」
「あのドラゴン、今噛みましたよね?」
「いや。あれはキャラ付けだ」
小屋ほどの大きさの【猫ドラゴン】と対峙したまま、俺はゲッカの問いを否定する。
「え、そんなのアリなんですか? ドラゴンってあのドラゴン弁みたいなの話さなきゃならないローカルルールでもあるんじゃないんですか?」
「……龍は何者にも縛られぬ」
言葉遣いを馬鹿にされたと思ったか、メランコが不機嫌そうに答えた。ゲッカも慌てて、
「あ、別に方言がおかしいとかじゃなくて、そういうレギュレーションでもあるのかと思って!」
とフォローをしていたが、フォローになっているんだろうか。
「……にゃんじら、我ににゃに用かあるんにゃか?」
【猫ドラゴン】は細めた目でこちらを睨む。顔の左右へ伸びる髭が風に揺れ、三角形の耳がぱたぱたと動いた。
用があるのかと聞かれたらあるんだが、まあそれならお言葉に甘えて、早々に用の方を済ませるか。
用を済ませて腹も膨れた俺達は、【猫ドラゴン】の毛皮で作ったラグに車座となり、食後の休息を満喫していた。
「【犬ドラゴン】パグ種と、【犬ドラゴン】フレンチブル種の違いは、顔だろ」
「私その【犬ドラゴン】も何とか種も見たことないですけど」
「……人の子らの云う、某種の別は、龍には付かぬぞ」
「ああ、そうなのか。まあ違うんだよ、今度見たとき説明してやる。で、同じ様に【犬ドラゴン】ビーグル種と、【犬ドラゴン】アメリカンフォックスハウンド種の違いも顔、顔が全然違うんだ。コリー種とシェトランドシープ種の違いも顔。ファラオハウンド種とシチリアングレイハウンド種の違いも顔だな」
「私【犬ドラゴン】は詳しくないですけど、私の予想が正しければ、まぁ体型とか体格での方が見分けやすいと思いますよ」
「体型や体格は成長で変わるからなあ」
「顔も変わりません?」
まあそうだけどな、と頷き、ラグの毛を撫でる。
「だが、【猫ドラゴン】ラグドール種と【猫ドラゴン】ラガマフィン種の違いと言われると、これがよくわからない」
「『知らない』ならともかく、グラムさんでも『解らない』ことがあるんですねぇ」
「俺を何だと思ってんだよ。こういうラグも【猫ドラゴン】由来の品では人気のある方なんだが、ラグドール種のラグとして売られているラガマフィン種のラグもあるらしくて、この辺は専門家でもなきゃ商人さえも今一見分けられていないらしいな」
「早口言葉にしては難易度低いですね」
「……猫龍は猫龍で良かろうものよ」
「いや、売値なんかにも関わってきてなあ。例えば、ロシアンブルー種とシャトルリュー種の違いは顔でいいんだろうが、ここにブリティッシュショートヘア種が入るとわからなくなる。下手したら、シャム種とヒマラヤン種すら、毛のカットが同じだと見分けがつかねえ気がするんだよな」
そう、兎角、【猫ドラゴン】の亜種の判別は、【犬ドラゴン】のそれと比べて難しい。【猫ドラゴン】は同じ亜種でも同じ柄や毛色がやたら色々いるし、体格もそこまで差がないのがつらい。せっかく体格に差があるマンチカン種なんかは、それは一括りにしていい亜種なのか? 人で言う「短足」程度の意味じゃないのか? ってくらい見た目のバリエーションがある。
亜種を増やしたいのか纏めたいのかよくわからないのが、【猫ドラゴン】というジャンルだ。そこに加えて雑種も多いしな。
「じゃあこうしましょう。毛皮は取らずに、肉だけ取るんです」
「……ふむ。一理有ろう……」
酷くやる気のない提案に、ねえよ、と返してふかふかのラグへ体を倒す。
左右からも同じ様に、柔らかな毛の中へ倒れ込む音が聞こえた。