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20皿目【食べると情緒不安定になって妄言を吐き続けることになるドラゴン】

 がばり、と起き上って、

「現代の若者が求めているのは、理解者。これですよ!」

 ゲッカは突然適当なことを言う。

「あらゆるポップカルチャーのメインストリームは常に、直前のトレンドへの否定によって始まるんです! 冒険の否定は承認へ、承認の否定は安寧へ、安寧の否定は孤独へ、孤独の否定は理解へ、理解の否定は拡散へ、あれ、既に理解者否定されちゃってますね、まあいいです! 五年ほど前から急速に台頭してきたこのムーブメントは、完結を悪とする資本家の下賤な思惑により今なお引きずられているのです! 二十年前の物語で『主人公を突き落す』というと、大体『急坂で背中を突き飛ばす』ことを言いましたが、十五年前になると『命綱を付けて崖から落とす』で、五年前には『受け皿を用意して空から落とす』になりました! これはカルチャーの享受者の受容体が麻痺及び摩耗することで『坂や崖では興奮しない』のに『命綱程度では不安に耐えられない』状況となり、苦肉の策として取られるようになった頽廃期の技巧ですが、現代では『肉体を蒸発させ真空に放つ』というポストポスト中略ポストモダンが野に放たれるも『これ何が面白いの?』という至極真っ当な評価にさらされ、文学的というよりは美術的な意味に近いルネッサンスが市民権を得、それが二年ほどで終わってバロックを迎え、バロックが半年で死んで、まさに!! ロココ様式に!! 入った!! わけ!! ですよ!!」

「入ってねえよ」

 ばたん、と倒れ込んだ布団の中で未だ「歴史は繰り返します!! 否応なく加速を続けながら!!」などと譫言を繰り続けるゲッカは、先程俺が捕まえた見知らぬドラゴンの毒見役を「毒ならたぶん、グラムさんより耐性ありますよ」と強引に押し切る形で買って出て、一口舐めて、こうなった。

 ゲッカの騒ぎ声で起き出してきたメランコが言うには、これは【食べると情緒不安定になって妄言を吐き続けることになるドラゴン】なる新種のドラゴンだったらしい。というか、初耳だったんだが、ドラゴンは皆、他のドラゴンが「どんな種族か」「どれくらい強いか」「どういう魔翌力を持つか」を、本能的に知って(・・・)いるものらしい。初めて見る超絶激レア種のドラゴンでも、あまつさえ今回のような新種であってもだ。マジかよ、便利だな。

 メランコ曰く、この【食べると情緒不安定になって妄言を吐き続けることになるドラゴン】は、食べると情緒不安定になって妄言を吐き続けることになるドラゴンなのだそうだ。【食べると情緒不安定になって妄言を吐き続けることになるドラゴン】を食べたゲッカは、情緒不安定になって妄言を吐き続けることになってしまったのだった。

 メランコは現在ゲッカのために、【食べると情緒不安定になって妄言を吐き続けることになるドラゴン】の毒を分解する効果を持つ、【食べると情緒不安定になって妄言を吐き続けることになるドラゴンの毒を分解する効果を持つドラゴン】とかいうドラゴンを捕まえに行っており、俺はゲッカの見張りと看病だ。

「理解者問題に話を引き戻すのであれば、マッチングの根幹は運ゲーで、運ゲーの勝利に肝心なのは試行回数なのですし、要するにこんなに攻略法の分かりやすい問題もないのですが、これが拡散となると話は一気に厄介になります! 何せ拡散は霧散や消失との差すら理解されづらい極めて虚無に近い筆致です。五年前、この国で最も名高い純文学の新人賞では大衆文学的筆致と漫画的人物を、純文学的題材を用いることで純文とし、それによりエンタメでは絶対に許されないような説明台詞を認めさせるという強硬を以て拡散と対になる、凝縮を描きました! 物語の軸となる男が哀れな小説人物にしか思えなかった点以外はとても美しい物語であり、その他の人物は親友も憧れの人も、よく知らない人であるが故に書き割りにしか見えないもう一人の扱いも、直接的には物語と関わらないように見えながら全体に根深い影響力を感じさせる母の扱いも、真実を追い、願う主人公らしい現実味と、それによる重さを感じたんですけれど、その賞における今年の受賞作はというとですね、実は! これもまた拡散の対極と言える、乖離を描いちゃったわけですよ! もう拡散って誰がやってるの、それ本当に流行ってるの、というより現実に存在する概念なのって感じですね! 拡散は守るべき対象を特定の集合全てに配置することによる絶対的リスクマネジメントであるのに対し、乖離は視点をその集合の外に置くことで一見安全性を確保したかに見えながらその実、境界が薄まることにより可能な限り最大の高度から一切の安全措置無しに落下するという危険性を孕むものでして、これには安全圏から見下ろしていた連中の足元を手酷く崩してやろうという底意地の悪い害意を感じますよね!」

「感じねえよ。寝てろ」

 何を言っても聞きやしないが、こちらが聞いていないとみると表に出て同じことをする危険がある。というか、さっきあった。

 早く帰って来いよ、メランコ。俺は病床のゲッカの出鱈目な話にいい加減な相槌を打ちながら、じっと窓の外を眺めている。


 そのまま十分ほど経った頃だろうか。窓の奥の曇り空に、黒っぽいけどそこまで黒くもない陰が浮かぶのが見えた。皮翼を広げて滑空する陰はこちらへ近付き、着地すると同時に口に咥えていた肉の塊を両手へ持ち直し、玄関側に回って家の中へ帰ってきた。

「……我はメランコ。今此処へ降臨せり」

「おかえり、待ってたぞ。それが【食べると情緒不安定になって妄言を吐き続けることになるドラゴンの毒を分解する効果を持つドラゴン】か?」

「……うむ」

 自慢げに胸を張る暗黒龍の頭を軽く撫でてやり、この場を任せる。受け取った切り落とし肉を薄切りにして、塩胡椒で手早く炒め、盛り付けもなしに箸でつまんで病床へ運んでやる。

「ほら食え食え」

 渦を巻くように瞳をぐるぐる回していたゲッカはしかし、箸先の【食べると情緒不安定になって妄言を吐き続けることになるドラゴンの毒を分解する効果を持つドラゴン】肉へ食いついた。咀嚼し、飲み下す。

 徐々に瞳の回転幅が小さくなり……中央で、止まった。ぱちぱち、と瞬きをして、起き上る。

「あれ……? 私はいったい今まで何をしてたんでにゃんすか?」

「おい待て、語尾がおかしいぞ」

「……致し方無きことなり。これは【食べると情緒不安定になって妄言を吐き続けることになるドラゴンの毒を分解する効果を持つドラゴン】を食らわば避けられぬこと……そう、運命(さだめ)よ」

「グラムにゃん、メランコにゃん? 二人して何の話でにゃんすか? 私にもわかるように話して欲しいでにゃんすよ」

「うるせえよ」

 それから五分後メランコは、【食べると情緒不安定になって妄言を吐き続けることになるドラゴンの毒を分解する効果を持つドラゴンの副作用を中和する効果がある上に特に副作用なども持たないドラゴン】を捕まえるべく、暮れ始めた空へ向け、再び飛び立っていった。

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