18皿目【MSゴシックドラゴン】
予約投稿を失敗したので、本日二話目の更新です。
「【MSゴシックドラゴン】を、生け捕りに、してください」
依頼自体は特別難しいことではないし、依頼料もまあ十分だ。
机の上で百万ずつ二十本積まれている金貨の柱を脇に寄せ、依頼者の男を観察する。
まず目に付くのは異様にギラついた眼、次いで癖の強い黒の短髪。首から下はグレーの半そでシャツに、色の濃いスラックス、靴は履き古した革靴と、街では有り触れた服装だ。
これといった特徴のない、普通の男。それが不自然ではある。
食肉用なら食肉ギルドから卸した肉屋で買うのが普通だし、まして、生け捕りなんて依頼を出すのは国の研究所か、金を余らせた貴族くらいのものだ。一般人が生きた龍を買うようなことは基本的にない。不自然だから悪いという話じゃないが、自然じゃないことには往々にして問題が付随する。
「あんたに生きた【MSゴシックドラゴン】を引き渡すとするな。納品が終わった、サインも貰った……俺が帰った途端、食われて終わりだぞ」
【MSゴシックドラゴン】はレア度も低く、ドラゴンの中でも特別力が強いわけでもない。世間が想像する平均的なドラゴン、と言っていい。そして、ドラゴンは平均的に強い。縛って捕まえておけるようなロープはないし、閉じ込めておける檻はサイズと目的によるが、初期費用だけでも最低数十億からかかってくる。短時間ならドラゴンハンターがついていれば抑えられるが、それでもいつ寝首を掻かれるかわからないし、長い目で見れば檻を作る方が安く上がるだろう。
野に放たれたドラゴンは、放っておけば街一つくらいなら容易く焼き払うだろう。まだ近くにいるだろう俺が仕留めるにしても、それまでに起こるだろう被害は避けられないし、依頼者が死んでいる以上、責任は販売者である俺にかかる。ギルドを通さない依頼はこの辺りが厄介だ。
一般人でもドラゴンを買うことはできる。その後がどうにもならないだけだ。
そのことを確認すると、依頼者の男はしばらく渋るも、俺が断ろうかと決める寸前に、漸く「なら死んでいてもいい」と妥協した。本当は「ならいい」と言って欲しかったんだが、それなら仕方ない。
「だったら、まずはこれだけ返しておく。死んでていいなら、これは多すぎるからな」
積まれた金貨の七割半を押し返し、詳しい話を聞くことにする。
「【MSゴシックドラゴン】を見ると、焼けた鉄で心を掻き乱されるような気分になるんです」
だったら見るなよ、何で捕獲依頼なんか出すかな……とは思うものの、口には出さない。
「それで、一度この手で、自分の手で、奴等をぐちゃぐちゃに殺して、大したものじゃない、そんなに気にするものじゃない、って思えれば、……そんな気持ちも、収まるんじゃないかと」
病院行く方が早いし安いと思うんだが。
「冒険者ギルドにも依頼を出したんですが、受ける人もほとんどいないし、いても失敗するしで」
成功してたら今頃、街一つ壊滅してたぞ。良かったな。
と、話の腰を折るように、隣に座っている助手のゲッカが、ちょちょいと俺の肩を叩く。
「何だよ。仮にも客の前で失礼だろ」
と小声で注意すると、
「その客にとんでもなく失礼な顔してますよ、って話なんですが」
と小声で返された。顔に出てたか。まずいな。
幸い、「他に頼める所がないんです」という客の男は、ちょっとした失礼くらいは水に流してくれるらしい。流してくれなくても良かったんだがなあ。
たまに、【MSゴシックドラゴン】が嫌いだという連中はいる。狂暴な癖に洗練され切っていない、どこか間の抜けた顔は、気に入らないという奴もいるだろう。いるだろう、というか、実際に少なからずいる。少なからずいるにはいるが、本当に【MSゴシックドラゴン】の見た目が特別に嫌いな奴が、一体世の中にどれだけいるのかは疑問だ。ドラゴンを語れば社交界や政財界で教養をアピールできるなんて考えている成金か、文化人らしく振る舞えると考えている田舎者が、教養のある(ように見える)者が馬鹿にし、無教養な自分でも見分けられるそれを、子供の背伸びの様に貶して見せているだけ……なんてことも、ないではない。それを拗らせた奴等が集まると、【MSゴシックドラゴン】を絶滅させようなんて団体を打ち立てる。
「大体、何でまたそんなに【MSゴシックドラゴン】が嫌いなんだよ。【MSゴシックドラゴン】に親でも殺されたのか?」
うんざり、という気持ちを隠しもせずに、そう尋ねた。
「やはり、わかりますか」
当たってしまっても、それはそれでリアクションに困った。
妙な癖がなく煮ても焼いても旨い【MSゴシックドラゴン】を、ただ切り刻んで踏み付けにする。内心で「もったいねえなぁ」とは思うものの、特に何も言うことはない。
【MSゴシックドラゴン】は、何処にでもいる。大陸全土で見られるし、数も多い。何処にでもいるし、顔付きに特徴もある。少し間の抜けた顔に、のっぺりとした細い腕。寸胴といって良い胴体。色も黒一色で覚えやすい。黒いドラゴンは大抵が厳つい顔か細面かをしているので、その中で特に目立つというのもあるだろう。
見分けるのは簡単だし、見分け方も知られているし、ドラゴンが住むような土地に育ったなら子供でも見慣れてもいるだろう。有名で見慣れているだから見分けられただけで、これがもし【游ゴシックドラゴン】辺りなら見分けられもせず、親が殺されたってシンプルな矛先を得られず、こうした復讐に囚われることも、なかったのではないだろうか。あの金で、旨い肉でも食えただろうに。
ただひたすら無言でドラゴンの残骸に靴を叩き付ける男を置いて、俺とゲッカはその場を後にした。