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16皿目【タレドラゴン】

 【うなぎドラゴン】と【タレドラゴン】の棲息地はそれぞれ非常に離れた位置にあり、新鮮な状態でそれぞれを合わせて食べるのは、非常に難しいそうです。だから、【うなぎドラゴン】は蒲焼として火を通した状態で、【タレドラゴン】はエキスだけを絞って、それぞれ持ち寄って食べるのが普通です。

 でも、最良の手段を用い、ギリギリのタイミングで乗り継いでゆけば、なんとか鮮度を保ったまま【うなぎドラゴン】と【タレドラゴン】を同時に食卓へ並べることも不可能はない、とグラムさんは言いました。

「……我はメランコ。嘔吐を催す龍なり……」

 不規則に揺れる巨大なドラゴンの背で、乗り物酔いをしたメランコちゃんが、横を向いて自分の腸を吐いています。お出掛け用に新しく卸した服が汚れないか心配でしたが、暴風に棚引く腸は、あっという間に遥か後方へと消えて行きました。

 そう、その移動手段とは、渡りドラゴンなのです。

 定期便のように渡りを行うドラゴン達を、それぞれが近くを通るタイミングで上手く乗り継いでゆくのです。【あさしお3号ドラゴン】から【あずさ3号ドラゴン】、【あかつき3号ドラゴン】と乗り継いで、【さんべ3号ドラゴン】へ。

「何で3号ばっかりなんですか?」

「そりゃ、こいつらを発見した伯爵の……」

 風が轟々と唸ってグラムさんの説明は途中から聞き取れませんでしたが、皆まで言われなくとも大体わかったので、特に問題はありません。伯爵アクティブですねえ、ドラゴン発見しすぎでしょ。

「そういえば、グラムさんは新種のドラゴンの発見ってしたことあるんですか?」

 気分も悪そうにぐったりとしたメランコちゃんの背中をさすりつつ、私はそんな疑問を口にします。

「二十種ちょいだったかな」

「え?」

「俺が見つけた新種だよ」

「予想以上に多いですね……」

 グラムさんも実は伯爵家の血筋だったりするんでしょうか。人間の伯爵家なんて、「ドラマCD付き特装版家」と、あと、恐らく存在するでしょう「3号家」くらいしか知りませんけど。



 小さな丘ほどもある、モノクロームの巨体。

「……我は【タレドラゴン】。体が重い龍なり」

 うつぶせで、だらしなく四肢をだらしなく投げ出して、自重で重力方向に少し潰れているようなドラゴン。潰れた饅頭のように地べたへ広がる頬、とろんとした目でこちらを見るともなしに眺めているのが、【タレドラゴン】でした。

「よし、じゃあ頑張れよ」

 そういってグラムさんは後ろへ下がり、【タレドラゴン】の前には私と、乗り物酔いから解放されたばかりのメランコちゃんだけが残されました。私は相手の様子を伺いつつ、傍らに立つ相棒との作戦確認に移ります。

「まずは【うなぎドラゴン】の時みたいに私が動きを止めますから、その隙に……って」

「……微動だにせぬな……」

「ですね! では行っちゃってください!」

「……任せるが良い」

 相棒は腋下のスリットから皮翼を広げると高く舞い上がります。

「気を付けてくださいね!」

 鳥人や蝙蝠種の獣人のために作られた翼腕種族用の子供服は、激しく飛び回ることを前提に作られているため、飾り帯も風を受けると鮮やかにはためき、縫製もしっかりしていて、値段も高いのです。もし引っ掻けて破いてしまったりしたら、と不安で仕方ありません。

 そんな私の気持ちが伝わったのか、服の主はこちらに力強く頷いて見せ、【タレドラゴン】の無防備な上面へ向け落ちるよりも早く飛び、その命を刈り取りました。

 やっぱり強いですねぇ、【ダークブラック黒ドラゴン】。



 樹齢五十年の杉の木ほどもある長大な【うなぎドラゴン】の全身を運ぶのは当然無理なことでしたから、私達がこちらへ持ってきたのは、三人の一食分の肉だけです。残りは現地に呼んでいた運び屋さんに、そのまま買い取ってもらいました。ギルドに直接売るよりかなり値段は下がりますが、時間もないので仕方ありません。それより、お夕飯の話です。

 どんなドラゴンでもそうですが、刺身だけじゃなく、焼き物にしたって煮物にしたって、新鮮な身とそうでない物には、味の差に天地ほどの開きがあります。

 馬車で一週間はかかる【うなぎドラゴン】と【タレドラゴン】の棲息地、これをドラゴンの乗り継ぎによって数時間で移動し、遂に巡り逢えた運命の食材。

 薄切りにした【うなぎドラゴン】の生肉を二本の串で広げるように通し、両面に【タレドラゴン】の生搾り汁を塗って炭火で炙ると、炭に垂れた【うなぎドラゴン】の脂と【タレドラゴン】の軽く焦げた香りが薄らとした煙に乗って広がり、

「えっへっへっへ、よだべがだばだばでばふべ」

「たまに思うんだが、お前それ大丈夫なのか?」

 それぞれ作業をしながらもこちらを心配そうに伺うグラムさんとメランコちゃんに微笑みで返すと、口を閉じた時に口の端から涎が一筋溢れました。シャツの襟で拭きましょう。

 メランコちゃんは持参した【山椒ドラゴン】の干物を擂り鉢で粉にしていて、グラムさんはまた別の料理を作っていました。

「新鮮な【うなぎドラゴン】と【タレドラゴン】があるなら、こっちの方が旨いんだよな」

 薄切りにした【うなぎドラゴン】と【タレドラゴン】の肉を交互に五段重ね、三枚の【うなぎドラゴン】で二枚の【タレドラゴン】を挟むようにして、筒状に丸めて串で突き刺し、炭から少し離れた位置で遠火に。熱で溶け始めた【タレドラゴン】の肉が、筒の口からぽたぽたと落ち、地面に美味しそうな染みを作ります。この地面だけでも美味しそうですねえ。

「……時は満ちた……蒲焼きの方はもう良かろう」

 【山椒ドラゴン】の器を抱えるメランコちゃんが私の手元を見つめ、「そうだな」と頷くグラムさんの合図で各々の串を取りました。【山椒ドラゴン】の粉をお好みで振り掛け、そのツンとした香りに胃が更なる食欲を喚起され。

「ゲッカの、俺抜きでの初狩猟の獲物だ。忘れないように、この味は、しっかり舌と魂に刻み込めよ」

 はい、と頷いて、【タレドラゴン】の汁で艶を放つ身をじっくり目で楽しみ、【タレドラゴン】と【山椒ドラゴン】の間から漂う【うなぎドラゴン】の脂の芳ばしさを鼻で楽しみ――一口。

 美味しすぎて、そこから先はあまり記憶にありません。

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