15皿目【コズミックドラゴン】
偏在龍【コズミックドラゴン】。その銀鱗は真円に程近く、光を受ければ七色に輝く。
強い光を食らって生きるというそのドラゴンは、肉にも臭みがなく、出汁の味によく染まり、煮込みや煮物に適する。
その魔翌力――「魔力の後に在る」とされる、桁違いの異能を齎す力――は、あらゆる範囲を《占有》するという固有アビリティとして形を為す。ドラゴンは死した後もその魔翌力を逆鱗に残すため、人類はこの特性を利用して、龍の素材から様々な道具を作ってきたが、このドラゴンもまた、例には漏れない。
【コズミックドラゴン】の逆鱗が持つ魔翌力で高次宇宙の音楽領域に登録した楽曲を、同じ【コズミックドラゴン】の普通の鱗を中継点として引き出し、再生する技術。音楽業界を飛躍的に発展させた大発明。
この元となる逆鱗は単に「マスター」と、中継点の鱗はCosmic Dragonscaleの頭文字を取って「CD」と呼ばれる。
CDから音楽を再生するための装置を、CD-based RADIcal-CASted Alias、通称CDラジカセという。
魔翌力は魔力と異なり、ドラゴン以外の種族には知覚できない。そのため、このCDやCDラジカセにしたって、仕組みもわからず使ってる連中が大半だ。そもそも、CDがドラゴンの鱗だってことすら知らない奴も少なくはないだろう。というか、うちの助手もさっきまで知らなかったらしい。
「へえ、CDってこうやって作ってたんですねえ!」
瞳をCDのようにきらめかせるゲッカは、ドラゴンハンター助手とはいえまだ新米であり、どのドラゴンはどう食えば旨いかや、どのドラゴンの素材がどんな役に立つか、どの程度の需要があるかもほとんど知らない。
「一頭の【コズミックドラゴン】から取れる鱗の数が多いほど、一つのマスターに対応するCDが多くなるわけだ。狩猟許可が出る成体の最低サイズで五百枚程度、千年龍で百万枚からってとこだな」
「あ、だから同人CDの最低ロットって五百枚くらいなんですか」
「おう。百枚から、なんて業者は大抵密猟だ」
魔法や森歩きの技術のお蔭で、今でも助手としては十分役に立っている。しかし、こうして少しずつでも仕事を覚えていけば、いずれ独り立ちもできるだろう。
「日常の色んな所に、ドラゴンって関わってるんですね」
とゲッカは感心したように頷く。普段の生活や趣味なんかと絡めて覚えれば、こうした知識も身に付き易いだろう。
当たり前のことだが、ドラゴンハンターの仕事なんてのは、自分達で食う肉を狩るためだけの物じゃない。
食った残りの肉は食肉ギルドに収め、鱗がついたままの革は工芸ギルドに持ち込む。革からCDを剥がして枚数を数える辺りは、値付けのついでに工芸ギルドでやってくれるというわけだ。
で、俺は今、工芸ギルドの待合ベンチで、その値付けを待ちながらゲッカへ簡単な講義を施していることになる。
「でも、あれだけ全身がギラギラ眩しいと、【ダークブラック黒ドラゴン】のメランコちゃんはやっぱり近付けないんですね」
「【ダークブラック黒ドラゴン】なら、殆どあらゆる光を消失させる程度の魔翌力はあるはずなんだけどな」
以前ちょっとしたことから我が家で飼うことになった【ダークブラック黒ドラゴン】は、闇属性ドラゴンの中でも最上位に位置する暗黒龍だ。闇属性は光に弱いと言えばそうなんだが、あのクラスになると、対となる【ライトホワイト白ドラゴン】以上の光でなければ、逆に闇で飲み込み、掻き消すことができる。
「しかもあいつ、ノワール種だぞ。最上級の最上級なんだ。ありゃただの好き嫌いだろ」
「あらら」
俺の溜息に、ゲッカは苦笑で返す。
別に、闇属性ドラゴンが光なんか浴びても体に悪いだけだし、好き嫌いが駄目だというわけでもないんだが。あいつもあいつで、狩りに連れていくと便利なんだよな。
ふと思い立って、俺はこんな提案をする。
「今度、メランコとあんただけで、何か狩ってみるか?」
「ええー……そりゃあメランコちゃん糞強いですけど、大人しく言うこと聞いてくれますかね。私一人で置いて行かれたら死ぬ自信ありますよ」
渋面である。なんでだよ。
「山歩きもサバイバルも得意だし、まっすぐ帰るだけなら大丈夫だろ。それに心配しなくても、俺だって後ろから監督しには行くぞ」
「あ、なら安心です! 私【うなぎドラゴン】食べたいです、【タレドラゴン】もセットで!!」
まあ、何だ。とりあえずやる気にはなってくれたようで、良かった。
先のことはある程度考えておかなきゃならないが、少しずつでも前進していけばいいだろう。
直近の問題があるといえば、これもあるのだが。
「【うなぎドラゴン】の狩場と【タレドラゴン】の狩場、国一つ跨ぐんだよなあ」
「めんどくさいですねえ!!」
そんな旅程も含めた計画を練っていた所で、【コズミックドラゴン】素材の鑑定が終了したとの呼出を受け、俺達は工芸ギルドの買取カウンターへと足を向けた。