11皿目【エルフドラゴン】
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亜人差別文化、それに伴う残酷描写と心理的傷害等が含まれますので、苦手な方は飛ばしてください。
ドラゴンハンター、グラム=ロック君の良いところは「どんな武器でもあまり選り好みせずに使いこなす点」で、より良いところは「武器の消耗が激しいから定期的に買い換えを行ってくれる点」だ。ドラゴン相手じゃ、誰がどんな武器を使ったって、そう何頭も相手に出来るもんじゃないけど、大抵は武器より先に命の方が持たないからねぇ。
十二個セットの在庫処分パックを全てきっちり使い潰した彼は、我が《龍殺し武器のツバメ屋》で一番上等な売れ残りを手に、奥のテストルームに引っ込んでいる。
僕くらいしか友達がいないはずのグラム君はこの日珍しく、十四、五程に見える可愛らしいお嬢ちゃんを連れていた。グラム君のおさがりらしき見覚えのある服で、ショートの金髪は魔力の通りも良さそうだ。武器屋が珍しいのか、グラム君にはついて行かずにディスプレイの剣や何かを眺めていたのだけれど、
「初心者向けの武器、ってありますか?」
不意にカウンターを振り返り、真面目な顔でそんなことを問う。
「なに、お嬢ちゃんもドラゴン狩るの?」
人は見掛けによらないねぇと笑みを零すと、何故だか大袈裟に後退りされてしまった。顔に出さないように傷付いて、視線を逸らすために棚を漁る。
「これなんかどうかな?」
と、この店で一番初心者向けの、軽くて丈夫でトゲの鋭い棘付で長柄の鎖鉄球を手渡した。
「柄の部分は中空だから、女の子でもギリギリ持てないことはないよ」
中空軽金属ロッド。ちょっと値段は張るけど軽い割には丈夫だし、フレイルって別に柄で殴ったり受けたりするわけじゃないから杖のほどの強度も要らないしね。その代り、ちょっと値段は張るけど鉄球と鎖はしっかり鋼で、棘部も型プレスとはいえ一応鍛造だから、下位種の龍鱗程度なら素人が打ち付けても砕けずぐっさり刺さる。
ちょっと値段は張るから初心者向きじゃないとかいう奴もいるけど、初心者が龍を狩るんだったらせめて武器くらい金をかけなきゃ、普通に死ぬしね。
僕的にはベストな選択だと思ったんだけど、
「ええええ……」
と、お嬢ちゃんは何か物言いたげに非難の声を漏らしていた。
「どうしたの? あ、持ち手はね、グリップテープってのがあってね……」
「いやいや! いやいやいや!」
先程までの怯えた様子はどこへ行ったのか、妙に元気よく初対面の僕を全否定し始める。僕は急速に高まる死にたさを表情に出さないよう、笑顔を意識する。
「初心者向けの武器ですよ! もっと剣とか槍とかあるでしょ、鎖鉄球で、棘付で、長柄とか! 長柄で、鎖鉄球で、棘付とか! 順不同なツッコミ所が目白押し! なんでそう一歩目からマニアックな方向に行くんですか!」
あまつさえ、長口上でなんだかよくわからないツッコミまで始めた。
おかしなことを言う子だとは思うけれど、よくあるといえばよくある勘違いなんだよな。
「じゃ、実際に試してみよう」
こんなこともあろうかと、実演販売の準備はしてあるんだ。カウンターを出て部屋の中央に移動する僕を露骨に避けるお嬢ちゃんの足捌きで死にた味が増してゆくのを感じるけれど、気にしないフリで、少し色の違う床板を外す。ふわり、と薄い冷気が広がる中へ手を突っ込んで、錘付きロープを手繰り寄せ、鉄製の錘を天井の輪へ投げ通す。輪を通ったロープを引っ張ってゆくと、人の胴ほどの大きさの肉塊が持ち上がる。僕は錘の先を床穴の縁にあるフックにひっかけ、丁度僕の臍の高さほどにぶら下がる肉を、手の甲で軽く叩いて見せた。
「試しに、これを剣でスパッと行っちゃってもらえるかな」
そう言って、壁にかかった軽量級の剣を目線で示す。小型種の【小さくて性能の良いドラゴン】なんかを狩るのに使う、軽くて取り回しの良い剣だ。あれくらいなら女の子でも振り回すくらいはできるだろう。
氷室に半月も寝かせた肉だ。血はすっかり抜けてるし、熟成も進んで、指の腹で押せば貼りつくような感触がする。お嬢ちゃんは戸惑いを見せながらも剣を取り、肉に向き合い、素人剣法ながらも流石にグラム君の動きを見てるからかな、わりと綺麗な動きで軽く振りかぶった、
「ちなみにその肉、半月くらい前に近所で野垂れ死んでたエルフの肉なんだよ」
そのタイミングで笑いながら告げると――面白いように固まった。ドン引きという言葉では足りない、怯えや驚きよりも、そうだ。絶望に近い目。
何これ。罪悪感がやばいんだけど。
「どうしたの? 強度はともかく、切れ味だけは保証するよ。思い切り当てれば、たぶん君でも切り落とせる」
言葉を続けるほどに震えを強くするお嬢ちゃんを見ていると、なんか、肺がひゅーひゅー言い始めた。やばいやばい、死にたい。
「え、え、え、エルフなんて、私、むしゃむしゃ食べますし……今日も包丁で微塵に刻んできたとこですし?」
お嬢ちゃんは泣きそうな声でそんなことを言い、震える手で、それでも存外鋭く剣を叩きつけ……ずぷり……と刃が肉に食い込んだ途端、その背中に絡みつくような怖気が可視化したような気がした。
剣を床に置き、口元を押さえて蹲る。微かに聞こえる嘔吐き声に、正直いたたまれなくて僕の方がゲロ吐きそうなんだけど、そんな気持ちを押し殺し。
「剣はダメだったね。あとは、槍だっけ?」
僕は手槍を一条、壁から下ろし、お嬢ちゃんの隣にしゃがみ込んで、その柄を無理やり視界へ割り込ませた。
しばらくそのまま見つめていると、手槍を受け取り、ふらふらと立ち上がったお嬢ちゃんは、吊られた肉に相対して槍を引いて鋭く突き刺し……と穂先を肉塊に埋めた所で、やはり手を下ろした。開いた掌から槍が落ち、跳ねる。危ないので拾って壁に戻す。
「じゃ、最後にこれね」
ここで満を持して再度、本命の棘付で長柄の鎖鉄球を手渡すのだ。お嬢ちゃんは大粒の汗を顔中に張り付かせ、荒い息に時折しゃっくりを織り交ぜながらその長柄を振り上げ――無言で、振り下ろし――文字通り肉の潰れる音を立て、棘付鉄球は的を粉砕した。僕もお嬢ちゃんも肉片塗れだ。フレイルの良い所は、肉を潰す感触がいかに気持ち悪くても、一度振り下ろしたら止まらずきっちり仕事をこなす所だよね。振り下ろした本人は、喉奥で声にならない呻きを上げているけれど。あ、やばい、過呼吸になってるぞ。僕が。
「あんまりうちの助手を虐めるんじゃねえよ」
とそこへ、救世主にも等しい我らがドラゴンハンター、グラム君がついにこの場へ戻ってきた。身の丈ほどの首狩りスプーンを肩に担ぎ、この深い深い水底のように息苦しい空間へやってきたぞ! やったあ! 収集をつけてください! 僕が死ぬ前に!! という気持ちを丁寧に押し殺し、
「やあ、グラム君、お疲れ様」
と気のない風の労いの言葉をかけてみせる。グラム君は眉根を寄せてこちらを睨んだ後、蹲って唸り続けるお嬢ちゃんの隣に腰を下ろして、深い溜息を吐きながらその背中を撫で始めた。
「ゲッカ、大体何があったかはわかるが、安心しろ。その肉はただのドラゴンの肉だ」
「……ぅぇえ?」
撫でられている背が起こされる。
「俺が売ってやったんだから間違いない。ここの武器屋じゃ代々伝わる、陰湿な初心者講習だ」
徐々に光を取り戻すお嬢ちゃん、ゲッカちゃんの瞳が、じりじりと、こちらを向く。
目が合う。
僕は何も言わずに微笑んで見せた。
「…下衆が……」
ドスの効いた静かな罵倒を聞くと本当に気が滅入るんだけど、これ考えた先々代が悪いよね。僕はそこまで悪くないと思うんだけど。心臓が痛いんだけど。
エルフの肉で試し切りなんかしてたのは、もう、三代は昔の話だ。先々代の頃には既に【エルフドラゴン】の肉を使っていた。【エルフドラゴン】は、肉質や骨密度がエルフの肉とほぼ同じだということで、エルフに人権が認められた時代以降、武器屋の試し切りというとこの【エルフドラゴン】が使われるようになった。
エルフなんかの亜人族に人権のない国では、未だに試し斬りや動物実験にエルフを使っている所もあるらしいけれど、正直意味がわからない。
エルフなんて人間より筋肉量も少ないし、腰回りの骨格も違うし、草ばっか食べてるから血液の粘りも弱すぎるし、あんなの斬って「生きた人間と同じ感覚」なんていう奴は正直、神経が腐ってるんじゃないかと思う。
うちも今は龍殺し武器の専門店だから、きちんとドラゴンを使っている。この【エルフドラゴン】はもちろん、グラム君が家庭で食べる用に狩ったドラゴン肉の余りを革付きで譲ってもらい、常に何種類かストックしてある。持つべきものは友人というわけだ。
ゲッカちゃんは最後まで不機嫌に僕を罵倒し続け、僕は笑顔で神経を参らせていった。
まぁ、後からよく考えて、悪いとは思ったよ。エルフ相手にエルフ肉がどうのってのは、確かに酷かったのかもしれない。エルフは同族を大事にする性質があるって、何かで読んだ気がするし。
耳の丸いエルフなんて珍しいと思ったけれど、僕もエルフに詳しいわけじゃないし、中にはそういう子もいるんだろうな、なんて思っていた。見た感じ、切れない刃物でこそぎ落として傷を塞いだような形だったから、そういうオシャレなんだろう。
いや、待てよ。帰り際に「人間は野蛮です! あ、わ、私も人間ですけど!」なんて言ってたから、あれはひょっとすると――何かのボケだったのかもしれない。僕は「なんでエルフやのに耳丸いねーん!」とでも突っ込むべきだったのかな。
誰かのジョークをスルーして後から気が付くと、胃が痛くなるのは何でなんだろうなぁ。カウンターに置いた水差しから一口飲んで、胃酸を薄める。
「死にたいなぁ」
と僕は、誰もいなくなった店内で声に出して呟くと、ちらばった肉片を一つ一つ拾っていった。




