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様々なドラゴン~万龍の世界で龍を食う~  作者: 住之江京


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10皿目【危険ドラゴン】

「【危険ドラゴン】って、具体的に何が危険なんですか?」

 クライアントにドラゴン種を指定されての依頼狩猟は、私がグラムさんの助手として働き始めてからは二度目でした。一度目は【ダークブラック黒ドラゴン】だったらしいですけど、よく考えたら、あれって結局違約扱いになったんでしょうか。……大丈夫なんですかね。今更不安になってきたんですけど。

 さておき、依頼が出されるようなドラゴンは希少種や最上位種等の数の少ないドラゴンで、自分で食べられないドラゴンを狩るのは気が乗らない、とはグラムさんの談です。数が少ないドラゴンは大抵が力も強く、狩りにおける危険度も高いのだそうですが。

「本当に危険なんですか、それ」

 今日の獲物は【危険ドラゴン】、と言われても、まるで危険性が感じられません。まず名前が間抜け。ドラゴンって大体間抜けな名前してますけど、段違い(ダンチ)で間抜けです。仮にですけど、【危険ドラゴン】が「俺は危険な龍だぜ」なんて言い出したとしたら、ちょっと間抜けすぎます。

「確かに、説明しとかないと素人には危険かもな」

「玄人には安全なんですか?」

「危険だ」

 流石は【危険ドラゴン】。ともかく、危険なことだけはわかりました。情報の具体性は皆無ですが。

 ただただ不安を煽られただけに終わった会話にもやもやした気分でいると、後ろからちょいちょい、と服の裾を引っ張られるのを感じ、何事かと振り返ります。

「……我はメランコ。ちょっとそこで全知龍を捕まえてきた龍なり」

「……我は全知龍【ウィキドラゴン】。万象を見聞し、開闢(かいびゃく)から現在(いま)に至るあらゆるを()る存在よ」

 そこには自分の何倍もの巨体を持つ、青光りした若干生臭いドラゴンを従えた小さな女の子――【ダークブラック黒ドラゴン】のメランコちゃんが、心持ち自慢気な様子で立っていました。

「何だ、メランコ。昼飯にはまだ早いぞ」

「……食材ではない。ゲッカが【危険ドラゴン】を知りたいと言うから、こやつに語らせるのだ」

「ん? ああ、そういやこいつ、解説とか得意なんだっけ」

 完全に忘れてたわ、と笑うグラムさんはドラゴンの専門家として如何なものかとも思うのですが、メランコちゃんの気配りには、ちょっと感動してしまいました。

「ありがとね、メランコちゃん」

「……雑作もない」

 照れたように視線を逸らす暗黒龍の頭を撫で、【ウィキドラゴン】の方を見遣ります。深い智慧を湛える漆黒の瞳はこちらを見ているのかどうかすら判別が付きませんが、重々しく頷くと、【危険ドラゴン】の危険性について語り始めました。

「……【危険ドラゴン】は、ドラゴン界医薬ドラゴン門薬剤ドラゴン綱合法ドラゴン目危険ドラゴン科危険ドラゴン属に分類される龍なり……脳神経系に作用して幻覚を摂取者にもたらし、強い中毒性を持つ……古来よりシャーマンの儀式等に用いられ……過剰摂取により循環器系の障害が発生する龍なり……」

「うわぁ、それは危険ですね」

 駆け足の説明を終えて、逃げるように去ってゆく【ウィキドラゴン】の背を見送りつつ、私は誰にともなく呟きました。

「昔は【合法ドラゴン】だの【脱法ドラゴン】なんて呼ばれたりもしたんだが、実際法規制はされていなくとも、危険は危険でな。人間に乱獲されることを恐れた【危険ドラゴン】共が、その危険性を訴えるために自ら【危険ドラゴン】なんて名乗り始めたわけだ」

「にしても、糞ダサい名前ですねぇ。【危険ドラゴン】」

「まあ、改名の主目的は『危険性の明示』じゃなくて、『摂取への忌避』だからな。【ザブラッディダークネスオブワンウェイチケットトゥーヘルズドラゴン】なんて名前の方がより危険度は高く見えそうだが、【危険ドラゴン】だと、名前だけで食う気が失せるだろ」

「【ザブラッディダークネスオブ…】えぇと、なんでしたっけ? それはそれで糞ダサいと思いますけど」

 グラムさんは「格好良くねえかな……」などとぼやいていましたが、人族の感覚は私には理解できませんでした。


***


 世の中に、食えない龍ほどつまらん龍もいないだろう。以前、依頼狩猟の時にこっそり鱗の先だけ齧ってみたことがあるが、その後気分が悪くなって散々吐いたきり、二度と【危険ドラゴン】は食わないと決めたのだ。

「……我は【危険ドラゴン】。危険な龍なり」

 いかにも危険そうな毒々しい濃紅(こいくれない)をしたドラゴンの名乗りに、何故だかゲッカがげんなりした表情で舌を垂らしていた。臭いか何かでバッドトリップしたのだろうか。エルフってのは繊細な種族だな。

「下がって、これ飲んどけ。少しは症状が早く収まる」

 鞄から取り出した【フロセミドラゴン】の体液アンプルを手渡すと、ゲッカは「ありがとうございます」と礼を言って少し離れた岩陰に隠れた。

「メランコ、お前も下がっとけ」

「……構わぬ。彼奴は頭から齧ると……きゅーっとして……ぶわわーっとなって……旨い」

「今回は食うなっつったろが。下がってろ」

 不満気なメランコも、岩陰からちょいちょいと手招きするゲッカの元へ向かう。万一ドラゴンブレスの流れ弾でも行った時には、あいつが何とかしてくれるだろう。

 今日の俺の得物は鎖鞭。ドラゴンハンター御用達武器屋の《何が出るかな?十二個セット福袋》で買った中の、一番使いにくくて使用頻度が低くなり、最後まで残った奴だ。慣れてないから自分でも間合いを測り辛いし、空振ると自分に当たって危ないのだ。

 これが壊れたら新しい武器を買おう。今度はいくら安くとも、中身の見えない福袋で買うのはやめよう。あれは単なる、売れ残りの詰め合わせなのだから。

 俺は固く決意すると共に、大きくその鎖鞭を振りかぶった。

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