第八話ー騒々しい日々-
寝坊した。遅刻って程じゃないけど、いつもの時間に比べたら、寝坊と言っても間違いじゃない。文化祭の件もあるから、今日は少し早めに行く予定だったのに……。
いつもより遅めの通学路は、日差しが少し高めにあった。だんだんと昼も短くなっているから、夏と比べれば低いけど。
「あれ、珍しい。日向がこんな時間にいるなんて……。おっはよー」
「はよっす。ああ、ちょっと寝過ごした。んじゃ、ちょっとやる事あるから、先行くな」
天音の家は、俺の家より少し、学校から離れている。で、向後さんの家はその隣。何故か今日は天音の家でなく、俺の家を待ち合わせ場所に指定してきたらしい。
「あ、うん。って、あー!日向、何で自転車?」
走るのは面倒、という事で。校則違反だけど、要はバレなきゃいいんだ。それに、校則上では距離の指定があるだけで、何処にも直線距離とは書いてない。道のりで言えば、ほぼ確実に規定を超えている。我ながら、苦しい言い訳だ。
教室に入ると、黒板に何か不穏な物が書かれていた。教室に一番乗りした渡井さんが、配役を書いていたらしい。あれ、主役三人の所に、見慣れた名前が……?
「あ、来た来た。日向、あんたが主役だから、台本きっちり覚えてきてね?天音さんと向後さんも、なんだけど」
……まだ夢を見てるんだろうか?寝言が聞こえた気がする。
「だからよー、それじゃ全員参加なんて出来ないだろ?主役級三人、あとは脇役に数人。衣装は制服みたいだし、大道具なんて作る必要もない。なら、後の連中はどうすんだよ」
どうやら俺が来る前に、話は一方的に進んでいたらしいです。珍しく遅刻していない担任は、教室の隅で夢の中。っておい、いいのかあれ……?
「まあ、配役に関しては俺も反論したい。そもそも、台本すら読んでないしな。んで、純也。お前の疑問は至極正論だけど、それはとっくに解決してる」
鞄から出した、一枚の紙を渡す。良かった、念の為に通しておいて……。
「あ、何だこれ?『文化祭出店許可証』って……。演劇だけじゃねえの?」
「ああ、やるなら喫茶店も出来る。明後日までにキャンセルすれば、委員長も文句言わないってさ。因みに予算はほぼ全額支給。持ち出しになるのはせいぜい、細かい雑費位だ。これなら、全員参加出来るんじゃね?」
そう、これが俺の切り札だ。万が一演劇がポシャったり、何らかの問題が起きた場合。それに備えて念の為、実行委員長相手に文字通り、斬りあった成果だ。これで当分、あれ相手に喧嘩は出来ない。交渉用の手札、片っ端から無駄打ちさせられたし。
「日向、あんた何者よ……。でもいいわ、その案!ちょうど、女子一人は普通の高校生って役柄。バイト先の喫茶店って事にすれば、劇の宣伝にもなる……!クラス全員参加って事も出来るから、一石二鳥じゃない!」
回し読みされた許可証が、俺の手元に戻ってきた。微妙に状況は掴めてないけど、俺超ファインプレー?
「ホント、こいつの根回しの良さと意地の悪さは、学年でも最悪だよ。知ってるか?去年勇吾がやらかした演説だけで、生徒会の支持率が十数パーセント落ちたって話。噂かと思ったんだけど、それがマジだったんだってよ」
人聞きの悪い。運動部と比較して、文化部へ回る予算が低すぎるってんで、あそこの担任様と抗議に行っただけだ。地元の先輩も多くいたし、その人達は俺の事を良く知ってくれていた。当然、中学での色々な噂も。それで帰宅部の、しかも一年の俺に、交渉役が任されたわけだが。
「あー、それ知ってる。おかげで私ら文芸部も予算が増えて、部誌発行がまともに出来るって、先輩らが喜んでたっしょ。功労者に帰宅部長って肩書き付けるかって、去年皆で話してた」
「あー、あれって日向の仕業だったの?うちの部長から聞いたんだけど、その後生徒会長は泣いてた、って。あんた将来、詐欺師にでもなるんじゃない?」
褒められてるのか、貶されてるのか。判断に迷う評価だけど、別にいい。今重要なのは文化祭の事だからな。―――後でこっそり、屋上で不貞寝しよう。
「じゃあ、これで問題無し、っと!放課後から練習始めるから、台本だけはしっかり読んでおいてね?皆、本気出すわよー!」
「おー!」
……実にノリがいい。男子だけでなく、女子連中まで。ホント、飽きない連中ばっかで楽しいよ……。てか、この配役は決定事項なのか。