第七話ー彼女の想いー
なんだろう、胸がモヤッとするのは。しーちゃんの事は好きだし、別に日向も嫌いじゃない。幼馴染っていうのを差し引いても、それなりに好感が持てるのは認めよう。押し付けちゃった文化祭の書類も、一回で通せるくらいに悪知恵の働く奴だ。あまり言いたくないけれど、今年の委員長はかなり底意地が悪い。たとえ上級生相手であっても、企画書に一回は駄目出しをしていた位には。それを一発で通したって聞いた時は、素直に感心した。
「しーちゃん、大胆すぎだよー。で、日向?な・ん・で、鼻の下伸ばしてるかなー?」
「えっと、天音さん?口調の割に、顔が怖いですよ……?向後さんも、離れてほしいなー、なんて……」
ちょっとだけ、面白くない。そういえば私達、いつから苗字で呼び合うようになったんだっけ?中学一年の頃は、名前で呼んでた覚えがある。三年の頃は……どうだったっけ。記憶が曖昧だけど、多分その頃からかも。男子の中では一番話しやすい相手だけど、日向も、しーちゃん相手に敬語が混ざる。大切な思い出が汚されていくみたいで、頭が混乱する。あーもう、それもこれも、全部日向のせいだ。うん、きっとそうだ。
「ユーゴー、私にも紅茶。ティーバッグなんて味気ないの出したら、後で引っ叩くよ?」
「はいはい、っと。今はアッサムしか無いけど、それで我慢してくれなー」
コーヒーはおばさんと日向、紅茶はおじさんの好物らしい。小さい頃、どっちが好きかって、二人によく聞かれた覚えがある。息子はあっさりコーヒー派になったって、笑いながら愚痴ってたっけ。二人とも本格派好みで、台所には喫茶店顔負けの設備が見える。それをあっさり使いこなす日向も、よく仕込まれてるなー、と感心しちゃう。
どうしてこうなった?今俺は、自分の課題もそっちのけで、天音と向後さんの勉強を見ている。雨も殆ど上がり、二人は帰宅した、と思ったのに、だ。
「ほら、ここは目的語があるだろ?って事は、このthatは単なる接続語なんだよ」
「ユーゴー、こっちも分かんない!うー、中学もまともに通えてないのに、こんなのついていけないよ……」
天音は英語と古文、向後さんは理系科目全般。一人で面倒を見るには、かなり厳しい状況だ。しかも向後さんの場合、中学二年の段階で勉強がほぼ止まっている。これは、なかなかの強敵だ……。
「ごめんね、日向。いきなり宿題教えてなんて、迷惑だった……?」
「気にすんなって。正直に言えば、自分の課題も終わらせたいけど。丁度いい復習にもなるから、これはこれで良いさ」
実際、自分の勉強にもなる。相手が理解出来るように解説して、同時に自分の理解が十分か、それを把握出来るから。そう考えると、愚痴を言うような状況でもないか?
「ふーん、ユーゴって結構勉強出来るんだ?あーもう、こんなに宿題出るんなら、二人がいるから、ってだけで学校選ぶんじゃなかったよ……」
そう、向後さんは俺達があの学校に通っているから、というだけで編入してきたらしい。試験は聞いた所では、殆ど入試問題と変わらない程度。中学生程度の学力があれば、十分に基準を満たせるレベルって話だった。芸能人として活動していた以上、まともに勉強が出来る機会は、そう無かったとか。っていうか、割と適当だな、あの学校。
「これでも緩い方だよー。進学校になると、毎週ノート一冊分の課題が出る、って聞いたし。私の場合、そんな所に通う程頭良く無いけどさ……」
んー、さっき見た感じだと、そういう訳ではなさそうだけど。多分、コツさえ掴めば一気に成績は上がる。俺が無駄に成績が良くなったのも、考え方一つ変わっただけだ。問題は、それをこの状況で話していいのか、という事だが。