第六話ー騒がしい日常ー
料理なんて殆どやった事は無いけれど、流石に半年も一人でいれば自然と覚える。母さんがいたら危なっかしいとか、遅いなんて言われるかもしれない。
ざっくりと野菜を切っていたら、玄関のチャイムが聞こえた。雨は小降りになっているから、何かの勧誘か、と思っていたんだけど。
「こんにちはー。お母さんがさ、日向にこれ持ってけ、って。もしかして、もうお昼ご飯済ませちゃった?」
いくつかに小分けされた保存容器には、シチューや煮物が入っていた。一人分だけ作るのは面倒な、しかも保存の出来る物ばかり。いくらご近所とはいえ、わざわざ作ってくれたのか……。
「サンキュ。丁度作ってた所だけど、上がって行けよ。外は寒いだろうしさ、コーヒーでも淹れるから」
お邪魔します、と天音は靴を脱ぎ始めた。そういえばかなり久々だな、こいつが家に来るの。
「一人暮らしでも、結構片付いてるね。感心、感心。お姉さん、ちょっとだけ見直しちゃうぞー」
ゴミを極力出さないだけ、とは言えない。洗濯は週末に纏めてだし、場合によっては夜中にやる事も多い。今日はたまたま朝に片付けて、乾燥機に放り込んであった。掃除も結構大雑把だから、細かく見られれば、粗は見つかるだろう。
「ほい、コーヒー。熱いから気をつけろよ」
微妙に大き目の上着を着ているせいか、天音の両腕が少し隠れていた。あれ、天音ってブラック平気だっけ……?
「苦?!ちょっと日向―、私ブラックコーヒー苦手だってばー。お父さんもだけど、何でこんなに苦いの平気なの……?」
「悪い悪い、忘れてた。砂糖三つとミルク、だよな。……流石に甘すぎないか?」
膨れっ面をして、天音は必死に抗議の視線を向ける。中学の頃はいつも、こんなやり取りをしていた。だからだろうか、時折今の関係が寂しく思うのは。
「ねえ、日向……。後ろ、絶対振り向いちゃダメだよ?ていうかしーちゃん、何してるの?!」
いきなり大声を上げたと思ったら、掃出し口へ駆け寄っていった。変だな、庭に某有名人の姿が見える気がする。
「家にいるのが暇でさ、ユーゴで遊びに来たんだけど。あーちゃん、なかなか積極的だねー。一人暮らしの男の家に、真昼間から遊びに来るなんて?」
「べ、別にそんなんじゃ!お母さんが、日向にお裾分け持ってけって言うから、仕方なく―――」
不意に、携帯のベルが鳴った。表示された名前は、母携帯。珍しいな、母さんが携帯からかけてくるなんて。通話代が勿体ないからって、いつもメールで済ませる人なのに。
「はい、向後でございます。勇吾は今手が離せない状態でして。おばさま、お久しぶりです。あ、覚えててくださったんですね、ありがとうございます。ええ、両親も元気で―――」
おっかしいなー、何で俺の携帯に向後さんが出てて、しかも会話が弾んでるんだろう?しかも母さん、彼女の大ファンだったから……。
「来週、ですね。分かりました、本人に伝えておきます。私もおばさまやおじさまにお会い出来る事を、楽しみにしておりますね。はい、では失礼します」
してやったり、という顔。言い換えれば、妖しい微笑み。見かけは、ほんとーに見かけは良いから、その表情がかなり印象に残る。
「おばさま、来週末に一旦戻るって。その時には遊びにおいでって、誘われちゃった。親公認だね、ユーゴ!」
再会の時と変わらない、飛びつき攻撃。ちょ、胸が当たってる……。
「当ててんのよ?あれ、以外と背中も逞しい……。筋肉質でもなく、太ってるわけでもなく……。あー、抱き枕に欲しいね、これ」
そういえば前は、人が一杯いるから、と完全に抱き着いてくる事は無かったっけ。意識しないようにする程、その感触に意識が向いてしまう。主に胸とか、手の温かさとか……。