第五話ー変化する日々ー
「はーい、それじゃあクラスの出し物は演劇って事で!ごめんね、渡井さん。演目とか配役、全部丸投げしちゃって……」
「あー、そこは心配しなくていいわよ。部は先輩たちが最後って事で、三年生が中心になるらしいから。全く、さっさと引退しろっていうのよ、あの老害……」
うん、最後の言葉は聞かなかった事にしよう。放課後、クラスの全員を強制的(担任の脅迫を含む)に残し、文化祭についての話し合いをしていた。今日になって向後さんが編入したのもあって、喫茶店か演劇か、で意見が真っ二つに分かれた。っていうか、他の選択肢が一切見向きもされていない。昔ながらの茶房って案、結構面白そうだったんだけど。結局、一部が騒いで、メイド喫茶って形に統一された。そしてそれを鎮圧したのが、他でもない渡井大明神だ。いや、あれは冗談抜きに怖い。
「うん、向後さんっていう逸材もいるし、楽しくなりそうよね。大丈夫、元とはいえ、プロの女優に主役をやらせるなんて、卑怯な真似はしないから」
それでも、渡井さんの顔は満面の笑み。静流さんをどんな役にあてて、どう動かすか。それが楽しみなんじゃ、っていうのが俺の推測。演劇部は三年が何故か、毎年十二月まで居座るらしい。去年も同じらしく、文化祭は何故か先輩らが最後の公演を行う事になっているとか。他の部は殆どがこの時期に引き継ぎを済ませ、受験なり就職活動なりに没頭するというのに。
「あ、来週には全部決めて、台本も仕上げてくるから。って訳で、私はもう帰るね?ゆっくり考えたいからさ」
言い残して、渡井さんは教室を後にした。今日は金曜で、部活が無ければ誰もが早々に学校から消えていく。罰ゲームを逃れる締切が今日の五時、今は四時丁度。はてさて、間に合うかね……。
「じゃ、後はよろしくね、日向?しーちゃーん、一緒に帰らない?戻ってきたばっかで、まだ街中は見てないんだよね?良ければ一緒にどうかな、って」
「そういえば、駅前に新しいお店出来たんだって?モールになってるって話だから、一回見てみたかったんだ。でもいいの、あっち?」
……この二人にお願いされて、断れるわけもなく。書くべき所は予め埋めておいたから、残りは企画内容だけだ。劇の内容次第だけど、必要経費は後日申請、っと……。いつの間にか教室にいるのは、俺一人。シャーペンを走らせる音が、寂しく響き渡っていった。
無事、と言っていいか分からないが。取り敢えず、申請だけは通った。無駄に大きい講堂があり、演劇に関しては全てその場所で開催される。日時の希望を出すのは後からでもいいらしいが、基本的にはくじ引き。当然、その間も文化祭は通常通り進行する。実行委員主催の大きなイベントが重なると、場合によっては客席がすっからかんになる、とか。
「あなた方のクラスが最後です。ち、折角経費を浮かせられる所だったのに。相変わらず、無駄に要領が良くていやがりますわね?」
提出に行った時、委員長の舌打ちが聞こえた気がした。うん、気のせいって事にしておこう。何はともあれ、後はクラスの準備と実行委員の仕事をこなすだけ。あれ、かなり面倒じゃないか……?
「って、もうこんな時間か。仕方ない、適当に買い物にでも―――」
課題と復習に没頭していた、土曜の昼。気が付けば、外は雨。一番近いスーパーでも、徒歩十分はかかる。買い置き、何かあったっけ……?
自室から台所に降りて、適当に冷蔵庫を漁ってみる。あったのは野菜が少しと、焼きそばセット。肉なしの焼きそばって、まるで屋台のだな。それでも何も無いよりマシだ、これにするか……。