第三話ー変わる日常、変わる関係ー
「あー、取り敢えずっていうか、何ていうか。喜べ、男子共ー。いや、女子も喜ぶかもな。とにかく、転入生が来る。っていうか、もう教室の前にいるんだけど。先生と約束しろー、騒がない、もみくちゃにしない、そして最後に、抜け駆けをしない。いやさ、職員室で転入生です、ってあの禿……もとい、教頭に紹介されたんだけど。正直、目を疑ったね。職員室も全員、隠しきれない程度に大興奮だったし。ああ、質問タイムは後で作ってやるから、今は大人しくしとけよー」
先生の言葉に続いて、一人の女子が教室へ入ってきた。凜、という言葉が似合う、物静かな佇まい。しっかりと伸びた背筋は、育ちの良さが窺える美少女。っていうか、何処かで見たような……?周りを見れば、全員が呆然と彼女を見ていた。
「初めまして。本日よりお世話になります、向後静流と申します。幼い頃にこの町で過ごしていた事もあり、諸事情で引っ越してきました。宜しくお願いします」
知らない、って言う奴は多分、最近まで山籠もりしていた仙人だ。七歳の頃に天才子役として電撃デビュー、中学生の頃にアイドル転向して、ヒット曲の連発。ランキング一位から五位まで、一人で独占した事もある超人気者……だった。歌にダンス、演技まで出来るマルチタレントだったのに、先月頭にいきなりの引退宣言。そういえばうちの両親、彼女の大ファンだったっけ?
「よーし、いい具合に全員静まったな。あの禿、昨日までに教えてくれてれば、席も用意したんだけど。仕方ない、取り敢えず今日はあそこの空いてる席に。つーことで、今日のホームルームは終わり。先生は保健室で寝てくるけど、勝手な真似はするなよー」
「はーい!」
あからさまな職務放棄だが、このクラスでは日常茶飯事。というか、あの先生がホームルームに遅れず来た事自体、奇跡の大安売りなんだから。そして彼女が、ここにまた帰ってきた事も。
「えーっと、よろしくお願いします。お名前、教えていただいてもいいですか?」
「あ、うん。初めまして、日向勇吾です。あの名前、芸名だと思ってたけど、本名だったんだ?騒がしいクラスだけどさ、ここで会ったも何かの縁って事で。よろしく」
そこまで話した所で、どちらかともなく笑い出した。好奇の視線で、周囲の連中もこっちを凝視している。
「ユーゴ、久しぶり!皆に会いたくて、窮屈な場所から飛び出してきちゃった!」
「って、引退ってそれが理由?!っていうかそんなの、休みとかで里帰りすればいいんじゃ―――」
飛び跳ねるように、彼女は俺の方に向かってきた。香水か何かだろうか、何となく良い香りがする。
「ねえ、日向……。その子、知り合い……?」
全員の気持ちを代表してか、天音がオドオドと近づいてきた。あー、さっきから視線を感じると思ったけど、俺に対する男子からの殺意が大半だったか。
「おいおい、覚えてないのか?しずちゃん、かおりんは忘れてるってさ」
「うう、酷いよ……。そりゃ、引っ越してすぐレッスンとかで、連絡もできなかったけど。ねえ、ほんとーに覚えてない?」
疑問符を浮かべる天音、それに対して演技か本気か、泣き出す向後さん。いや、天音並の幼馴染に対して、さん付はないか?
「え―――。あー、しずちゃんって、もしかして……。しーちゃん?!」
「うん、もちろん!あーちゃん、元気だった?」
飛び跳ねるようにはしゃぐ、かつての仲良し二人組。出会った頃から数えて、ざっと三年間。俺達三人は、ずっと一緒だった。別れの挨拶も無いままに引っ越していった、小学生の頃までは。俺をユーゴ、なんて呼ぶのはこの二人だけだったし。
「えーっと、二人とも知り合い?」
変わって尋ねてきたのは、木下さんだった。その時一番近くにいたから、だろうか。それに気付かないまま、天音も静流さんも二人だけの世界に浸っている。
「ふーむ、こうして見ると……なかなかに感じる物がありますな、解説の山脇さん」
「ええ、そうですねえ、実況の木谷さん。実にいい、美少女同士の絡み合い。ああ、これで背後に桃色の壁紙さえあれば―――ぐべぇ!」
「なーに朝から変態妄想垂れ流してんだ、この二人は!天音さーん、戻ってきてー!いいから、さっさと説明してよー」
山脇君、純也の変態コンビを一撃で仕留め、渡井さんは二人の間に割って入っていた。うーん、良い蹴りだ。綺麗にみぞおちに入ったし、あれらが生きている事を祈ろう。南無。
「は、そ、そうだった!んっと、しーちゃ―――静流ちゃんって、前にこの町に住んでたんだ。幼稚園の頃まで、なんだけどね。小学校に上がるちょっと前に、お父さんの都合で引っ越したんだ。私と日向は、その頃毎日一緒に遊んでたからねー」
「急に転勤が決まったとかで、挨拶は碌に出来なかったけど。スカウトされた事務所に義理は果たしたし、お母さんがこっちに戻りたいって言ってたから、丁度いいやー、って。最後の一か月は大変だったよ?ドラマの収録は無かったけど、やれ雑誌だテレビだって、仕事が鮨詰めだったんだから」
変わらない、二人の掛け合い。それどころか、成長した分、元気さは増していた。幼馴染の仲良しコンビ、ここに再結成ってか?
「って事は、何?学校は単なる腰掛じゃなくて、卒業までは一緒のクラス、って事?」
「うん、そういう事。事務所からは渋い顔されたんだけど、本人がもう続ける気が無いなら、無意味でしょ?本当に同じクラスになれるかは、半分賭けだったけどね」
記憶と変わらない、無邪気な笑顔。いや、成長した分、破壊力は数倍に跳ね上がっている。って天音さん?何か、視線が痛いんですけど……。
「いやー、日向も成長したよねー。私を差し置いて、しーちゃんとはそんなに話すなんて。ふーん、そっかー」
さ、寒い……。外は真夏ばりに高気温なのに、周囲が寒いです。見れば、他の連中もそそくさと離れ、文化祭の出し物相談をしている。いつの間にか復活した、純也と山脇君も混ざって。
「ほら、ユーゴって昔から、私とは良く話してたし?あーちゃんも変わったよね、昔はあんなに引っ込み思案で、人見知りだったのにさ。ほれほれ、私がいない間、二人に何があったのさ?おねーさんに、話してみ?」
「いや、特に何も無いって。小、中って同じクラスだったけどさ。浮ついた話なんて、お互い……」
何だろう、今の胸の痛みは。二人とも何か変な物でも見たように、硬い表情を浮かべているし。何だろう、俺の顔に何か付いてるのか……?
「ユーゴ、今の顔―――。ううん、何でもない。って、こんなにかわいい子が傍にいたのに、手出ししてないの?!実はそっち系、とかじゃないでしょうね?」
「んな訳あるかー!天音も笑ってないで、さっさと否定してくれ……。ホームルームも終わりの時間だし、ちょっと外出てくる」
騒ぐ教室を後にして、屋上への階段を上る。常に解放されている場所だし、昼休みでもなければ、殆ど人が寄り付かない。さっきのも含めて、色々と考えるには絶好の場所だ。