第十六話ー想い、時を超えてー
月曜。本来は学校があるけど、今日は違う。文化祭の最終日が日曜だったせいで、今日は振り替えで休みになった。俺にとっては、これが運命の日。天音が多分忘れている事を、今日伝えなくてはいけない。舞台では言えなかった、俺の最後の想いも……。
両親が出かけているとの事で、天音の家に招かれた。話すだけなら俺の家でも良かったけど、どうしてもと彼女が言ったから。こうして来るのは、いつ以来だろうな……。
「天音?勇吾だけど」
チャイムを鳴らすと、インターホンから天音の声がした。無言の後で、玄関の鍵が開く。私服を見るのも、かなり久しぶりだよな……。
部屋に入って目についたのは、大量の音楽ディスクと書籍類。漫画こそ少ないけれど、俺も良く知っている本が並んでいた。それらが壁際に配置された、俺の部屋とも少し違うレイアウト。何て言うか、女の子っぽい感じがする色調だった。
「はい、お茶。それで、さ。早速で悪いんだけど、その……」
コップと一緒に出てきたのは、懐かしささえ覚える一枚の封筒。開けられた形跡さえあるけど、それはつい最近のように見える。
「これに気付いたの、先週なんだ。日向が変わっちゃったのは、これが原因なの?」
そうとも言えたし、そうでないとも言えた。軽く自棄になったのは、天音に嫌われたと思ったから。だから最後にはかなり無茶をしたし、面倒事に首を突っ込んで、自分を忙しくさせてきた。
「中身、読んだ?」
「うん、一応。放課後、屋上で待ってます、って書いてあった。私、ずっと知らなくて……。ちゃんと、全部教えて。私が忘れている事、私が知らない事も。覚悟は……、出来てるから」
当時の俺は、少しだけ焦っていた。変わってきた天音と違って、何も変わらずにただ生きていた自分に対して。父さんが結構厳しいから、勉強だけは人並み以上に頑張った。学年トップまでは行かなかったものの、一応十位程度には入る位には。天音はといえば、遊ぶ相手は数人しかいなかった頃と比べ、格段に明るくなった。自分でも人が変わったみたい、と言っていた程には。
「卒業式まで、毎日待ってた。いつの放課後かって、書くのを忘れてたからさ。完全下校時刻まで、雨の日も含めて。嫌われたかな、って卒業式の日には思った。同時に、仕方ないとも。話す機会も減って、顔を合わせるのは大抵、教室にいる時だけだったし」
思い出したように、天音は驚きの顔を見せた。そして、照れたようにはにかむ、あどけない仕草。同時に俺も気付く、こんな顔を見ているのが好きで、傍にいたいと思った事を。
「思い出したかもしれないけど、その手紙って、文化祭の最終日に机に仕込んだんだ。首謀者は別のクラスの奴だったけど、クラスの全員がグルになって。他の連中は単なるドッキリ企画だったけど、俺だけは別。あの時言えなかった事、伝えられなかった想い。今更になるけど、いいかな?」
ずっと、温めてきた感情があった。ずっと、溜めこんできた想いがある。再出発するなら、今伝えたい。始めよう、過去に繋がる、今の物語を。
「いつからなのかは、自分でも分からない。少しずつ、でも極端に変わっていく天音を見て、ただの幼馴染とは思えなくなってた。同時に、少し嫉妬したよ。俺には出来なかった事を、回りの誰かがやってるんだ、って思ったらさ」
「今だから言える、自分の中の一番深い気持ちが。今も昔も、ずっと好きだった。ただ傍にいたい、隣にいてほしいって思う程に。二年越しで、しかも誕生日とは違うけどさ。これ」
当時の文化祭最終日は、天音の誕生日でもあった。今日はその二日遅れで、しかも机の中に入れていたから、包装は汚れて、歪んでいた。それでも、募らせてきた想いは、積み重ねてきた気持ちは、少しも変わっていない。
渡された包みを開けると、そこには一つのアクセサリーが入っていた。小さい頃、お父さんから貰った物で、中学生の頃に無くした物だ。確か、最後に日向と出かけた時に、何処かで落としたんだっけ……。
「覚えてるかな。うちの母さんに頼まれて、買い物に行った商店街の帰りでさ。天音が、『かおりん』が無くしたって言って、落ち込んでたやつ。見つけたのは、あれから三日位経った時なんだけど。やっと……、返せる時が来たよ」
言葉が出なかった。日向が、ユーゴがこれをずっと持っていてくれた事が、とても嬉しくて。正直に言えば、このペンダントの事は、自分でも忘れかけていた。お気に入りの物だったけど、お父さんも無くしたなら気にしなくていい、と言っていたから。それにまた昔の、あの呼び方で呼んでくれた事も。
「やっぱり、かおりんに合うのはそれだね。もう泣くのはやめてさ、笑顔を見せてほしいな。俺が好きになった、いつもの笑顔で」
「―――っ」
勇吾が帰った後で、私は一人悶絶していた。嬉しくて、ただただ嬉しかったから。
「気付いてなかったのかな、これには?」
渡されたアクセサリは、ロケットみたいな構造があった。一昔前に流行した、写真や絵をはめ込めるような。
「私は、ずーっと待ってたんだぞ?」
開いてみると、中には一枚の写真が、当時のまま残されていた。最後に勇吾と二人で撮った、二人だけの思い出。確か、中学生になる直前だったっけ?