第十四話ー劇中劇『鎖』 後編ー
「背景はこのまま、照明係に赤のフィルム用意させて!うん、時間はまだ大丈夫。日向、あんたは終幕まで出番無いから、今の内に着替えてきて。背中、汗凄いよ」
袖に戻ると、渡井さんが指示出しに励んでいた。俺達が好き勝手にやっているせいで、台本が大きく変わっているからだ。そのせいで、裏方は大変だろう。―――もし結果を出せなかったら、つるし上げは確定かもな。
「うーん、こういうのもいいわねー。ここまで客席の反応も悪くないし、見ている限り大きなミスも無い。あの年寄共、これが即興演劇だって知ったら、どんな顔するかしら……」
聞かなかった、俺は一切、何も聞かなかった。まあ、楽しんでくれてるならいいや。
「最後は、三人でやらせてほしい」
俺達は声を揃えて、そう告げていた。終幕の直前で同じ袖に集まった時、渡井さんがラストをどうするか、聞いてきたから。そしてラストをどう描くか、それもその時に決めた。偽りのない本心を、全部この場所で聞く事が出来たから。それがこの先どうなるか、今は考える時でもない。最善と思った道を、全力で走っていく。今出来る事といえば、それしか無いだろ?
最後の背景は、慣れた屋上。喫茶店の準備をしながら、全員で作り上げた力作だ。あまりの出来に、演劇部からそのまま使わせてくれ、と依頼が入った程らしい。
「私の気持ちは、変わらない。勇吾となら、どんな道でも歩いていけるって、そう信じてるから。芸能人失格だって言うなら、こっちからやめてやるわよ。好きな人と、大切な人と一緒にいる事が、人生で一番大事なんだって、私は信じてる」
「私は、そんな大それた事は言えない。しーちゃんと遊んでる時も楽しいけど、日向と話している時とか、日向の姿を探している時とか。そんな時間の方が、好きって事もあるんだ。どっちを選ぶかは、任せるよ?」
募らせてきた想いを伝えられなかった、一人の幼馴染がいる。一時期は疎遠になっていたけど、最近は話す頻度も増えてきたように思った。その要因になったのが、もう一人の幼馴染。長い間離れ離れになっていたけど、突然舞い戻ってきた彼女。俺みたいなのに、昔と変わらない笑顔を、好意を寄せてくれた人。もう一度やり直したい、そう考えたのは間違いじゃないと、そう思う。
「ずっと気になってた。意識したのは多分、中学の頃からなんだけど。一番近い所で見てきたせいかな、昔のイメージと今との違いが明らかで、たまに見せる女性としての仕草とか、小さい頃のまま変わらない笑顔とか、そういうのに惹かれてた。アイドルデビューしたのは凄いって思ったけど、正直な感想を言えば、それだけだった。離れ離れになった事は、多分関係ないんだ。俺はずっとあーちゃん、天音の事が好きだ。誰より、何より大切にしたい、そう思う位に」
言って、天音の体を抱きしめた。見た目より華奢な、か細い体。彼女がどんな顔をしているか、俺から見る事は出来ない。というより、怖くて見れない。それ以降は必死だ。舞台をどんな形で締めくくるか、誰も考えていなかったから。っていうか全員、多分素の状態でやってたんだと思う。呼び名がぼんやりとした二人称でなく、昔のあだ名で呼び合ってた位だから。