第十三話ー劇中劇『鎖』-
「どうして、私が学校に通いながら、芸能界に入ったと思う?芸能人の為のシステムなんてない、この学校にいながら、ってさ」
舞台の中盤、向後さんが一人で舞台に上がる。本当なら、その後ろに俺がいて、会話をする流れだった。暗転した舞台でスポットライトを浴びる彼女は、女優そのもの。観客席から漏れ聴こえるため息は、殆どを彼女が独占していた……。
「私を、私の全部を、君に見てほしかったから。舞台の上にいる私、いつもの、ここにいる私。両方を見て、私の事をもっと知ってほしいって、そう思った。あーちゃんの事を気にしてたのは、知ってる。十年以上の幼馴染、なめてもらっちゃ困るよ?」
独白の舞台は、今も続いていく。時折混ざる、本音のような台詞に、誰もが息をのんでいた。傍から見てるだけの俺でも、流れる台詞と仕草に見とれていた位だ。
「すっげ……。なあ、一人の舞台ってこんななのか?俺さ、さっきからあそこに勇吾がいるように見えるんだけど……」
誰かが、そんな言葉を漏らした。筋に戻すなら、俺がここで舞台に上がるべきだ。でも、向後さんがそれを許さない。視線が、その動作が、誰かの介入を拒否していたから。あたかも俺がそこにいるかのように、言葉を紡いでいく。
「事務所からも言われてるんだ、恋愛は当面禁止だ、って。だからって、諦められないよ。そんな理由で誤魔化すなんて、出来るわけがない。ずっと想い続けてきた、抱きしめてきた気持ちを、捨てられるはずない……」
台本なんて、もう頭になかった。これは素の私で、お芝居なんて欠片も気にしていない。だからユーゴを止めたし、あーちゃんも邪魔してこない。お客さんたちは全員、私だけを見ている。少しだけ懐かしい、そんな気がした。
「今だから言える、君の事が好きだ、って。臆病だっていい、私はそれが君の優しさなんだって知ってるから。ずっと隣に立って、君の傍で先に進みたい。二人ならそれが出来るって、私はそう思うんだ。見ていてくれる、そう思ったらどんな暗い道でも、前へ前へって歩き出せるんだ。私にそんな強さをくれたのは、勇気をくれたのは、君が初めてだった」
照明が全て消えて、向後さんが反対側へと去っていく。入れ替わりで舞台に上がったのは、天音。同時に無線が入り、俺も出てくるように監督から指示が入った。って、いつの間にこんなの持ってたんだ……?
「私は、自信っていうのが持てなかった。しーちゃんが芸能人になって、私には手が届かない、遠い場所で輝いてたから。同じだったはずなのに、気が付けば遠くに行ってた。変だよね、大切な友達で、仲良しの幼馴染なのに、心から応援出来ないなんて。多分、気付いてたんだ。しーちゃんが、日向を好きなんだって事に。近くで見てきて、二人はとってもお似合いなんじゃ、って思った。でも、どうして私がそこにいないのか、とも思ったよ。それで分かった、私の心の中が。ただの幼馴染じゃない、単なる男友達でもない。もう一歩、踏み込んだ関係を求めてる自分に」
スポットライトが一瞬消えて、今度は俺に降り注いだ。舞台の端から逆側へ、一筋の光が戻っていく。
「俺は、優しくなんてない。二人の関係が少しずつ狂っているのは、見ていて分かった。まるで双子か年が近い姉妹みたいで、いつも笑い合っていた二人が。俺は、そんな二人を見ているのが、一番楽しかった。三人でいる毎日が当たり前で、どっちかがいなくなる、なんて事も考えていなかった位に。崩れそうな関係を、必死で繋ぎとめてきた。ただ、温かい場所を守りたくて、縋り付いてきただけだった」
台本を読んでいて思った事、それが口から零れていく。この主人公は、とことんなまでに、俺に似ている。幼馴染という関係を壊したくなくて、天音と少し距離を置いた事。忘れているらしい事を話さずに、ずっと隠し通してきた事。それは全部、俺が臆病だったから。知ってしまえば、昔のような関係には戻れなくなる。伝えてしまえば、結果はどうあれ、今のままでいる事は出来ないから……。