第十一話ー合わない歯車、鳴らない鐘ー
案の定というか、何というか……。母さんのテンションが終始絶好調で、俺と父さんは肩身が狭かった。
「本当、綺麗になったわねー。ねえ静流ちゃん、うちの勇吾で良ければ貰ってくれない?もうちょっと美形なら、静流ちゃんをお嫁に迎えたい所だけど、ね」
「あはは、勇吾君なら大歓迎で迎えますよー。うちのお父さんが許してくれるなら、今すぐ入籍しちゃってもいいですし」
先生、寒気がします……。それに母上様、遺伝子の半分はあなたです。こら、そっちも本気にしない。冗談抜きで、このまま推し進められる勢いだし……。
「ご両親とは、ずっと手紙のやりとりはしていたけど。まさか、戻ってくるなんて思わなかったわー。ねえ勇吾、どうしてもっと早く教えなかったのよ?」
「こうなるって、予想してたから。それよりさ、あっちで父さんが変な顔してるけど……。何かあったの?」
リビングの隅で、父さんが顔を歪めていた。何だろう、何か信じられない物でも見たような?
(全く、こんな料理作ったの、結婚してから数回じゃないか……。赴任してからはずっと、お手軽物ばかり。そもそもあの手紙だって、殆ど私に書かせて……)
……聞かなかった事にしよう。うん、それがいい。
夕飯は、殆ど喉を通らなかった。折角、お父さんが作ってくれたのに……。
「香織、何処か調子でも悪いのか?」
「ううん、大丈夫。ごめんね、ちょっと一人にしてほしいな……」
殆ど手を付けずに夕飯を終えた私を、お父さんは心配してくれる。もし食べたくなったら、冷蔵庫に入れておくから、と言って、部屋から離れる足音がした。こういう時、男親はありがたいって思う。勝手に中に入ろう、なんてしてこないから。
「日向、わかんないよ……。この手紙、どういう意味だったの?」
手元にある、一枚の手紙。何度見ても、記憶にひっかかる物は無かった。それでも書かれているのは、間違いなく日向の字。微妙な癖があるから、すぐ分かる。本人が意識してないのは、ちょっと笑っちゃったけど。
「この文章。どう考えても、そういう事……だよね」
この時の私は、どうして中身も見なかったんだろう。これを見つけた時、封筒は開けた形跡さえ無かった。綺麗に糊付けされたままで、埃だらけのバインダーに入っていた。日向が変わっちゃったのは、これが原因だったのかな。
「悩んでも仕方ない、よね。文化祭が終わったら、ちゃんと聞こう。私が忘れてる事も、何もかも全部」
声に出さないと、決意が揺らぐ。出来る事なら、知りたくない。それでも、聞かずにはいられない。しーちゃんが、日向の事を好きだって知ったから。もうあの頃に戻れないなら、全部すっきりさせないと、私の気が晴れないんだ。どんな結果になっても、後悔だけはしない。自分で選んだ事だもん、せめて私だけは信じていないと。絶対、それは間違いなんかじゃないんだ、って。
「んー、電話にも出ないや。あーちゃんの家、あそこだよね?電気が点いてるから、いるはずなんだけどなー」
近いとはいえ、女子の一人歩きは危険だからと、半ば無理矢理送っていく事になった。当然、天音の家はその通り道。帰り際の妙な態度が気になるからと、向後さんが向かっていったんだけど。
「呼び鈴にも無反応、家にかけても誰も出ない、っと。明日学校でも会えるし、話を聞くのはその時にしない?もう夜遅いしさ、うっかり電気をつけたまま寝てる事もあり得るし」
「あ、もう九時近くなってるんだ?これ以上は迷惑かもだし、そうしよ。さ、ちゃーんとエスコートしてね、王子様?」