第十話ー見えない鎖、少女の心ー
今日も練習時間が終わった。本番まであと一週間で、一度も通しての練習が出来ていない。それも全部、私のせいで。駄目だなあ、気にしないようにしても、どうしても目がそっちへ行っちゃうから。
「全部日向のせいだ……」
いつだったか。家に帰った時、ふと気になって開いた一枚の手紙。いつ、どこで貰った物かなんて、全く覚えてない。書かれていた字は多分、日向のそれだった。何でだろう、あれを見た時、忘れちゃいけなかったはずの事を、突然思い出したのは……。
「あーちゃん、どうしたの?今日、ユーゴの所へ遊びに行くんだけど。一緒にどう?」
無意識に、足は昇降口へ向いていたみたいで。そこには、しーちゃんと日向の姿があった。そういえば今日、おじさんとおばさんが帰ってくる、って言ってたっけ?
「あー、うん……。今日はお父さんが外食しよう、って誘ってきたんだ。だから、今日はパス。二人でゆっくり楽しんできてねー」
嘘だ。いくらお母さんが忙しくても、お父さんは大抵、家事を分担する。食事と洗濯は私で、掃除はお父さん。いつからか、その役割が当たり前になっていた。どうして私、こんな嘘を……。
「そっか、なら仕方ないかな?今度、あーちゃんの所にも遊びに行くから、その時はよろしくね?行こ、ユーゴ」
「あ、うん……。天音、また明日」
隣にいるのは、私じゃない。いつの間にか、日向との距離は遠く、とても遠く離れていた。いつからだろう、それを寂しいと感じなくなったのは。いつからだろう、話す機会が減って、幼馴染から、ただの友達に変わっていったのは……。
何となく、天音の態度が気になった。朝は普通だったし、特に変な様子も無かった。後ろ髪を引かれているようで、結構気になる所なんだけど……。
「うーん、何がいいかな?昔は家族みたいなものだったけど、流石に手ぶらはまずいよね。ってユーゴ、聞いてる?」
まっすぐは帰らず、駅前のモールで買い物をしていた。別に気を使う必要はないのに、手土産の一つでも、と言い出したから。母さん、『あの』向後静流に会える、って楽しみにしてた位だ。今頃、はりきって料理を作っている頃だろう。父さんの微妙な顔が目に浮かぶ……。
「あ、ごめん。ちょっと考え事してた。あのオバさんなら、何でも喜びそうだけどなー。向後さんが選んだ物なら、特に」
「まだユーゴにとって、私は向後『さん』なんだね。名前が恥ずかしいなら、昔みたいにしずちゃん、って呼んでくれていいんだよ?」
「そっちのが恥ずかしいだろ……。まあ、それについては追々、って事で」
無理矢理話題を切り上げて、モールの中を急ぐ。あまり遅くなれば、息子でなく向後さんの事を心配し始める両親だから。そうだ、外食するなら父親も一緒に呼べば、って天音に連絡しておこう。あのおじさん、結構話好きだから間が持たないって事も無いだろうし。