第一章⑦
決戦の日曜日。
私はオシャレをして出かけました。
ユイコちゃんとの待ち合わせは錦景市北口のトリケラトプスのオブジェの前。
恋のトリケラトプスの前です。
約束の時間は午後の一時。
私は一時間も前から恋のトリケラトプスの前にいます。
様々なことを考えながら私は恋のトリケラトプスの頭部を囲む立派なフリルを触っていました。
約束の時間通りに恋のトリケラトプスの前に現れたユイコちゃんは凄くオシャレで可愛くって。
それから本当に格好よくって。
黒いジーンズに、襟の大きい白いシャツに、黒の細いネクタイに、コンバースのハイカット。
そして黒いリボンで長い髪を後ろで結んでしまえば、まるで彼女は王子様?
いいえ、彼女は夜のダウンタウンを歩くロックンローラです。
印象は錦景女子高校一年E組にいるときとは、ガラリと変わってしまっています。
ユイコちゃんは見事な変身をしているのです。
その変身は私の心臓を打ち抜きました。
確かな感情が、さらに確かに。
恋心は燃え上がって、何もなくなってしまいそうなほどで。
なくなってはいけないんですけれど、とにかく、えっと、
ああんっ、格好いいよぉ。
ユイコちゃん、好きっ!
許されるならば、今すぐにでも愛を叫んで抱き付いてキスしたい!
私の興奮は最高潮。
気を抜いたら鼻血が出てしまいそうです。
なんだかむずむずします。
それが錦景市の日曜日の午後の一時のことですから。
こんな調子でジャパニーズ・シークレット・アフェアのライブが開演する、錦景市の夜の七時まで生きていられるでしょうか?
いや、死ぬ。
死ねる。
私は死にました。
……なんちゃって。
私はちょっと浮かれています。
なんて言ったって。
ええ。
私が勝手に思っているだけですけれど。
これが私とユイコちゃんの初めてデートなんですから!
「鼻炎?」
鼻を押さえていたらユイコは怪訝な表情でヒトミの顔を覗き込んだ。「花粉?」
「いいえ、」ヒトミは首を横に振り、慎重に鼻から手を離す。「なんでもないです」
「そう」
「そう、」ヒトミは笑顔で頷く。「なんでもないんです」
「意外」ユイコはヒトミの全身を観察しながら言う。
「え、何が?」
「こういうの、なんて言うんだっけ?」ユイコはヒトミの服のフリルを触って言う。「ああ、ゴスロリか」
「似合わないかな?」ヒトミはスカートの裾を持ち上げて聞く。
「可愛いけど、」ユイコは無表情で言ってから笑顔を作る。「ううん、可愛い」
「ありがとう、でも、謎の間が気になる」
「気にならなくていい、」ユイコは首を横に振り、ヒトミの手を取った。「それで、ライブの時間まで今日はどこに連れて行ってくれるの?」
「いろいろ考えてはいるんですよ」
午後の一時からライブの時間までのプログラムはヒトミに委ねられていた。つまり、ヒトミの恋路は、自身のプログラムに大きく左右される、ということだ。だから本当に色々考えた。考え過ぎて、厭らしいことも考えてしまって興奮して、昨夜は寝るまでに二時間も掛かった。でもよく眠れた。「あ、ユイコちゃん、お腹空いてるかな?」
「うん、」ユイコはお腹を押さえて言う。「ぺっこりんちょ」
「ぺっこりんちょ?」
「そう、ぺっこりんちょ」
「……じゃあ何か食べよっか、何食べたい?」
「マクドナルド」
「マクドナルドが好きなの?」
「うん、好きなの、」ユイコはヒトミの目をまっすぐに見つめて言う。「マクドナルドのクォータパウンダが堪らなく好き」
「私も好き、」ヒトミは自分のことを好きだと言われたわけじゃないのに、ニヤけてしまった。ニヤけるのを隠そうとして下唇を噛んだから、きっと変な顔になってしまったと思う。「私も実は、堪らなく好きだったんだよね」