第六章⑤
喫茶ドラゴンベイビーズのバイトリーダの(といってもおそらく普通の正社員並の働きをして普通の正社員以上の待遇を得ているであろう)東雲ユミコという、ドラゴンの角を頭に付けた年齢不詳で笑顔を決して絶やすことのない綺麗なメイドさんにフミカはカセットテープを手渡した。
「このテープを、ちーちゃんの合図が見えたタイミングで流して欲しいんです」
「ええ、もちろん、いいけれど、」ユミコは困惑することもなく、顔見知りのフミカに慣れた感じで頷く。「フミカちゃん、それってどんな合図なの?」
フミカは右手の親指を立てて人差し指と中指の二本を合わせて伸ばし薬指と小指を畳み、そしてまっすぐに肘を伸ばして片目を瞑って狙いを付けた。ピストルでそうするみたいに、ばんと小さく言って、銃口から玉が発射されたジェスチャをフミカはユミコに見せる。「と、こんな感じ、かな?」
「分かったわ、」ユミコは愉快そうに笑う。「誰かに狙いを付けて撃つのね、その瞬間には確実な変化があって、その変化を盛り上げるためにこのテープの中の音楽がとても重要だと言うことね」
「はい、」フミカは頷き、ユミコに笑い返す。「そういうことです」
「それにしてもカセットテープなんて久しぶりに見たわ」
「ちーちゃんが好きなんです、それではユミコさん、よろしくお願いします」
「ええ、」ユミコは頷き、そして胸に両手を当てて緊張しているという可愛らしい仕草をして見せた。「ああ、絶対にミスらないようにしなくっちゃ」
そしてフミカは店の左奥の四人掛けのテーブル席に戻る。この席はドラゴンベイビーズのステージから一番離れたところにあって、騒がしい店内にあって比較的に静かな場所だった。基本的にステージ周りから席は埋まっていくので、今のところフミカたちの周囲の席は空いていた。ステージでは今、チカリコの白拍子の三人が舞い踊っていた。彼女たちの名前はエイダとロザリィとイサク。本名は知らないが皆、生粋の日本人だ。彼女たちは松平家の屋敷に住み込みで働くお手伝いさんで、屋敷のこと以外にもチカリコの縁術の手伝いをしたり、ジャパニーズ・シークレット・アフェアのライブの運営を手伝ったり、今のようにドラゴンベイビーズのステージでポップ・ミュージックに合わせて舞い踊ったりする。彼女たちはもちろんチカリコに忠誠を誓っていて、そしてフミカにも忠誠を誓っていた。彼女たちは昔から松平家の屋敷にいたわけではなくチカリコが縁術を覚え始めてから、いつの間にかそこに集められた三人だった。「左からエイダとロザリィとイサク、今日からこの三人は私の白拍子」とチカリコはフミカに簡単に紹介しただけだった。そして彼女たちは深々とフミカにお辞儀をしたのだ。歳は皆、二十代前半くらい。モデルのような完璧なスタイルで、人工的に作られたような細長くて綺麗な手足をしていた。彼女たちのダンスは機械的で、そして狂いがなく精確だった。入力されたプログラム通りにダンスを出力しているという感じ。そんな風にステージの上では機械的な彼女たちだが、そこを離れれば普通の人柄のいい、少し天然というスパイスが振りかけられた、愛らしいお姉さんたちだった。そんな白拍子の三人にもいつの間にやらコアなファンがついていて、今日も彼女たちのダンスを見に土曜日の開店と同時に喫茶ドラゴンベイビーズにやって来て一緒になって踊っている大人たちがいる。
さて、四人はそんな風景を横目に見ながら、エクセル・ガールズのブルーこと、橘マナミの登場を待っていた。本日の彼女のシフトは十二時からだったがチカリコがマナミに開店の二十分後に来るようにと伝えていた。もちろん、くれぐれも一人で。
フミカは珈琲に口を付け手元の時計で時刻を確認した。
錦景市は十一時二十分。
約束の時間だ。
フミカは長く息を吐き、正面に並んで座る、ユウとキティを見る。二人とも一言もしゃべらず表情を崩すこともなく真剣な面持ちで、種類は全く違うが同じような大きさで同じようなポーズをした猫を膝の上に乗せて抱き締めている。和風と洋風の、一対の人形が並んで座っているようだった。ほとんど偶然にしてこの時に出現した二人の少女と二匹の猫のセットにはどこまでも希少な価値があるのだとフミカは強く思わざるを得ない。不思議な力、例えば魔法と呼ばれるような力が生み出される可能性が示唆される。
チカリコは頬杖付き、体を僅かに向こう側に倒し、眠っているように安らかに目を瞑っていた。店内に響き、白拍子を踊らせているロック・ミュージックに耳を傾けているのかもしれない。それはスマッシュ・マウスのシスタ・サイキック。その軽快なサウンドに合わせてチカリコのテーブルの上に置かれた指はリズムを刻んでいる。
チカリコはふと、目を開けた。そしてお天道様を見ているように目を細めた。
「皆、おはよぉ、」マナミがいつもの天真爛漫さ加減で四人の前に登場する。そしてすぐに姫様の大きな変化に気付き、凄く驚いたという感情を顔に浮かべて、ほとんど悲鳴に近い声を上げた。「って、ちーちゃん! そのピンクの髪の毛はどうしたのっ!?」




