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恋の縁術師(the Secret Affair)  作者: 枕木悠
第六章 未来(FUTURE)
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第六章①

 錦景市は八月十五日の土曜日。

 それは戦後何十年目かの、節目の終戦記念日だった。

 錦景女子大法学部の一年生、あるいはとあるお姫様の踊り子、あるいはコレクチブ・ロウテイションのピアニストと様々な肩書きを持つ朱澄エイコの八月十五日の土曜日の予定は、普段の土曜日のように喫茶ドラゴンベイビーズのステージでピアノを奏でるというものではなかった。太陽がまさに真上にあるという時刻、エイコはコレクチブ・ロウテイションのメンバたちと錦景第二ビルの屋上にいた。黒須ウタコと久納ユリカと鏑矢リホとアプリコット・ゼプテンバの四人と、空を疾走する熱波というに相応しい夏の風を全身で浴びていた。錦景第二ビルの屋上には錦景天神という神社が建立されている。こんなビルの屋上に誰が神社を建てたのか、どうして建てようと思ったのか、そこに奉られている神々はなんなのか、詳しいことをエイコは知らなかった。コレクチブ・ロウテイションのメンバも知らない。錦景第二ビルで日々働く人々も古くからこの土地に関わりのある人々も神社の謂われを知らなかった。エイコは中学生の頃から十九歳になる今まで喫茶ドラゴンベイビーズをステージにピアノを奏で続けてきたが、錦景第二ビルで錦景天神についての細かなことを知っている人に出会ったことはなかった。一度、時間を掛けて錦景天神について聞き回ったことがあった。中学三年生の夏の自由研究のテーマにエイコは錦景天神を選んだのだった。しかしその自由研究によって得られた成果は、錦景天神についての謂われを知っている人はいないということだった。少なくともエイコがインタビューした錦景第二ビルで働く二百人近い人々の中に何かを知っている人はいなかった。エイコは誰も錦景天神の謂われについて知らないということに愕然となった。そんなことがあるのだろうかとエイコは思った。錦景天神の敷地内には有名な寺社仏閣になら必ずあるような親切心の塊のような案内板やパンフレットのようなものは一切なかった。ただ屋上には鳥居があり、石畳が整然と敷かれその左右には石灯籠が並び、小さくこざっぱりとした社殿があるというだけだった。錦景天神の直接の管理をしているのは錦景第二ビルの組合で、神主はいない。もちろんエイコは組合にも連絡を取ってはみたがその人たちも同様に何も知らなかった。

 まるである夜にひっそりととある神様が天より降臨して一晩のうちに社を建てたのだとでもいうように。

 とにかく錦景天神をテーマに選んでみたはいいものの、それについて書き提出できるものが一切集まらなかった。だから当然、エイコは自由研究のテーマを変更しなければならなくなった。全ては徒労に終わったようだった。けれど最初から別のテーマを選んでおけばよかったとは思わなかった。後悔するよりもそれ以上に、錦景天神の存在の不思議さはエイコの心の小さな一部分を小さくじんわりと焦がした。

 その日に肌が焼けたようなひりひりとする焦げの跡はまだエイコの心に消えずにあった。コレクチブ・ロウテイションの五人は、ウタコを真ん中に錦景天神の賽銭箱の前で手を合わせて目を瞑り、それぞれに何かを祈っていた。錦景天神への祈りは、錦景第二ビルのブロックガーデンというライブハウスでライブをやるときには必ず五人で行う儀式のようなものだった。最初のブロックガーデンのライブのときにお祈りして、二回目も同じようにお祈りして、そして三回目もやらなくてはいけないよね、ということになり、四回目からは当然のように錦景天神への祈りがライブ前の儀式として習慣化されたのだった。この習慣はエイコには今のところ、永遠に続くように思えた。なぜか終わるようには思えなかった。錦景天神という不思議な存在によってその永遠性は担保されている。心にある小さな焦げ跡のように熱を帯びて、消えないものなのだと思わせてくれる。

 エイコは今、未来を貫く永遠のようなものに対して祈っていた。おそらく他の四人も同じようなことを祈っていると思う。それは今夜のライブで、五人編成では初めて披露する、フューチャという曲のせいだと思う。

 大昔に砕けて光った星の記憶は、

 宇宙を飛び越えて蘇生する、

 夢にまで見た煌めきはもしかしたら夢じゃない、

 いつまでも用意していて、

 そのときはまたとない、

 永遠のための未来。


 

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