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恋の縁術師(the Secret Affair)  作者: 枕木悠
第五章 忘却のための機械(the Machine)
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第五章(22)

 カナデから電話が掛かって来たのは木曜日の夜だった。シノブはレコーディングを終えてくたくたで、夕食を食べてからシャワーを浴びてすぐに自室のベッドの中に入って横になった。途中でジンロウがベッドの中に侵入して来たが、シノブは彼の背中を蹴ってベッドから追い出した。「今夜はそんな気分じゃないんだよ、あっち行け」

 そしてシノブは眠りに落ちた。錦景市は夜の九時にもなっていなかったと思う。シノブは夢も見ることなく完全に眠りに落ちていたが、カナデからの着信に目を覚ました。錦景市は深夜零時を回っていたが、カナデの着信は無視出来なかった。「……もしもし?」

「あ、シノブ君? ごめんね、こんな遅くに、もしかして眠ってた?」

「うん、寝てた、」シノブは掠れた声を必死に絞り出して話した。「どうしたの?」

「ううん、別に、シノブ君の声が急に聞きたくなって」

「声だけなの?」シノブは微笑みながら聞き返す。

「いじわる、」カナデは艶のある声を出した。「分かっているくせに」

「なぁに、全く何の事だか分からないんだけど」シノブはカナデに合わせて声に艶を出した。

「今夜もシノブ君に抱かれたくなってしまったんです、」カナデは声を潜める様にして言った。おそらく外にいるのだろう。車のエンジン音やクラクション、それから酔っ払いたちの莫迦笑いが聞こえて来た。カナデはそんな夜の街に独りきりでいるのだ。そしてシノブに電話を掛けて来ている。シノブはその事実がなぜか今日は凄く心配になった。カナデみたいな可愛い女の子がこの時間、街に独りきりでいるなんてとても危険だとこのときは強く思った。「でも、もう寝ちゃっているんなら仕方ないね、もしかして隣に枕木君がいたりするの?」

「いないよ、」シノブは苦笑しながら言った。「今日は新曲をレコーディングしてて、そのせいでくたくたで」

「あ、そうだったんだ、ごめんね、疲れてるのに」

「いいよ、気にしないで」

「新曲ってどんな曲なの?」

「なかなか説明するのは難しいな、聞いてもらわなくっちゃ、とにかく凄くいい歌、激しいロックンロール」

「へぇ、聞きたいな」

「夏の終わりにライブをやるみたいなんだ、細かいことが決まったらまた教えるよ、もちろん、来てくれるよね?」

「うん、凄く楽しみ」

「それじゃあ、またね、カナデ、ふらふらしてないで早く帰りなよ」

「……うん、」カナデは名残惜しそうに頷いた。「おやすみなさい」

「おやすみなさい」

 シノブは通話を切った。そしてすぐに横になり目を瞑って微睡んだ。微睡みながらカナデに対して申し訳ない気持ちになった。カナデは今に、シノブの体を猛烈に求めていたのだ。夜の街で独り、きっと凄く寂しい気持ちになっていたのかもしれない。夜の仕事の後、急に寂寞のようなものに襲われてしまって独りではどうしようもない気持ちになってしまったのかもしれない。そして電話を掛けてきた。助けを求める様に。けれどシノブの体は猛烈に休息を求めていた。シノブは今からベッドを出て着替えて外に出る気にはどうしてもなれなかった。今度会う時はしっかり埋め合わせしてあげないといけないな、シノブはそう思いながら再び深い眠りに落ちていった。

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