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恋の縁術師(the Secret Affair)  作者: 枕木悠
第五章 忘却のための機械(the Machine)
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第五章⑩

「思うようにいかないな、」フミカは煙草の煙を吐いて下唇を噛む。「これって、なんだろうね?」

「昼食はどこに食べに行こう?」チカリコは顔を接近させて目を大きくして聞く。

「からーげ食べたい」フミカは目を瞑り、自分の空腹を確かめた。

「さっきお腹鳴ってたね、」チカリコはフミカのお腹を触ってチカリと笑う。「きゅうって鳴った、それって音楽かしら?」

「ねぇ、これってなんだろうね?」フミカは原稿用紙でチカリコの頭を叩いた。

「ファーファルタウにからーげ屋さんはないよ、きっと、」チカリコはフミカにキスをする。彼女は何を思ってか、フミカの舌を思い切り吸い込んだ。フミカはそれが急だったから、とっても可笑しくなって笑う。フミカは『恋の縁術師』という小説の途中を枕元に置いてチカリコの頭を手で押した。「ちょっと止めて、何それ、どうやってやったの?」

「ケケケッ、どんな感じ?」

「いや、だからどうやってやるの? ……っつうか、そんなことされたくない、疑うわ、私は昨日の夜、あなたが宮殿のパーティに出かけて悪い魔女にそんな風なキスを教わったんじゃないかって、その、」フミカは大きく息を吐く。「……疑うわ」

 チカリコはじっとフミカのことを見つめた。

 ストレートに、その切れ長の美麗な、朧、幻想的な眼差しが光の速度で迫る。

 フミカは不思議な気分になる。

 この世界が正解なのか。

 果たして枕元の原稿用紙の世界が正解なのか、分からなくなる。

 思考が紡ぐ世界も、五感に纏う世界も、どちらも現実だ。

 その境界は曖昧だ。

 どちらも私が住んでいる世界。

 どちらにも私の居場所がある。

 どちらにも熱狂的に、夢な瞬間がある。

 何が世界か。

 何が現実か。

 何が夢想か。

 何が歴史か、純真か。

 私の全てって世界現実夢想歴史の純真?

 それは全て、全てなの?

 そんな風に理解してもいいのなら。

 理性がそんな風に処理してくれるなら、私は幸せを感じれるのかもしれないね。

 そう思えるんだ。

 思ってしまうんだ。

 ふと、今に、今に、今に……。

 実験を繰り返したい。

 凄く危険だって分かっているんだけど、常識的に。

 しかし最高のモラルは、そこにあるような気がするんだよな。

 ピンクブロンドのチカリコの髪の色を見ていると、そう思って悩む。

 花火。

 花火。

 花火。

 花火。

 夜空、朝空、虚空に、灰色の空に花火。

 音はひゅうっと、鳴って。

 愛し合う。

 枕の柔らかさが好き。師匠の言葉が忘れられない。彼女の悠さ加減と、365日の短さって何?

 目元が熱くなって、刹那に涙が堕ちる。

 突風に煽られて瓦礫に落ちて死んだ天使みたいに。

 チカリコはフミカに再び強いキスをして、再び強く舌を吸った。

 それでフミカのサブリナ・セクションの回転は止まった。

「そのままでいいよ」お姫様が言った。

「そのままって何?」

「なんでしょうね?」チカリコはふざけているみたいに笑う。

「ちーちゃんは知ってるんだ、いいな」

「まだ知らないよ、でも」チカリコは天井でゆったりと回転するプロペラを見上げる。その真ん中にはオレンジ色の照明がある。その照明は消えている。チカリコの顔の輪郭を認識出来るのは、彼女には光があるから。

「でも?」

「もう少しで発見出来るような気がすんねんな」

「いいな、発見したら教えてね」フミカは彼女の胸に顔を埋める。

「一緒に見つけるんだよ」チカリコはフミカぎゅっとする。

「それ、」フミカは凄く泣いちゃいそうになる。「すっごく嬉しい言葉だ」

「とりあえず、別に、」チカリコはフミカの黒髪に指を差し込んで梳く。「誰も殺さなくていいんじゃない?」

 そこでフミカは目を覚ました。

 夢だった。

 変な夢でした。

 体は汗だく。喉はカラカラ。夏の朝の太陽はカーテンを貫いて眩しい。

 隣にはチカリコがすやすやと眠っている。いつもみたいに。その髪はピンクブロンドじゃなくて普通。普通の黒い髪。お姫様カットのチカリコ様。

 少し残念だと思ってフミカが彼女の頭を撫でるのは。

 ピンクブロンドちーちゃんが凄くフミカが好きなタイプだったから。

「何?」チカリコは急に目を見開いて口元を動かした。

 フミカはドキリとして、慌てて彼女の頭から手を離す。「あ、えと、その、なんでもない」

「ん?」

「なんでもないって、ただちーちゃんの頭を触りたかったんだって、それだけ、いいでしょ、私なんだから」

「まあ、ええけど、ふああ、」チカリコは口を大きく開けて欠伸をする。「ああ、変な夢見たな」

「変な夢って?」フミカはタオルケットを抱き締めて、チカリコに顔を寄せる。

「もう忘れた」

「嘘」

「ただ変な夢みたなってことは思うんだわ、仔細は忘れてもそれは、覚えてる、不思議だね」

「本当に忘れたの?」

「夢って覚えている方が少ないっしょ」

「そうなのかな」フミカはピンクブロンドちーちゃんの夢をはっきりと覚えている。

「そうだよ」

「……ねぇ、ちーちゃん、」フミカはチカリコの唇を触って言う。「髪を染めてみませんか?」

「どうして?」

「夏休みだし」

「いいかもね」

「本当?」

「夢の中の私はピンクブロンドだったな」

「そうそう、……って、え?」

「え?」

「夢の中でちーちゃんはピンクブロンドだったの?」

「……え、私そんなこと言った?」

「言ったよ、二秒前」

「寝言やで、」チカリコは目を瞑る。「私は何も言うてない」

「寝言って、起きてんじゃん」

「ならば余談、閑話休題は起きるまで待って、お願いね、んふふふっ」

 そしてチカリコは可愛く笑って二度寝に入る。

 フミカはピンクブロンドちーちゃんが忘れられなくて、チカリコの髪の匂いを嗅ぎながら、悶々とするのでした。


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