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恋の縁術師(the Secret Affair)  作者: 枕木悠
第五章 忘却のための機械(the Machine)
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第五章③

 當田カナデはドラゴンベイビーズのサタデイ・ナイトには姿を現さなかった。チカリコとフミカがドラゴンベイビーズに来ていた理由はエイコのピアノを聞くためでもなくて、チカリコがゼプテンバの偶然の出没を夢に見たからでもなくって、ドラゴンハンバーグやオムライスを食べるためでもなかった。

 まあ、きちんとお腹を空かせては来たのですが。

 とにかく二人は、カナデと森永スズメの人間関係の実状を把握するためにドラゴンベイビーズに来ていたのだった。しかしカナデがここに来てくれなくっちゃわざわざ来た意味がない。いや、ゼプテンバの登場にもちろんチカリコは喜んでいたし、おいしいオムライスも食べられて満足なんだけれど、当初の目的を果たせないとあっては、一抹の気持ち悪さが残るわけで。

 ステージが終えたゼプテンバの横できゃっきゃと騒ぐチカリコを尻目にフミカはスズメに話を聞いてみることにした。スズメがカウンタ後ろの棚にグラスを戻しているところに、フミカは声を掛けた。それとなく、という感じでストロをかじりながら。「スズメさんって、カナデさんと仲がいいんですか?」

「え?」スズメはこちらに振り返ってフミカを見る。「フミカちゃんってば急に何?」

「別に、」フミカはふにっという感じの笑顔を作った。「ただ、どうなのかなってふと、思ったので、はい」

「私は仲良しだと思うけどな、」スズメはグラスを棚に置いて、フミカの前に来てカウンタに手を置き言う。何かを警戒しているような表情は見られない。「カナデちゃんがどう思っているか分からないけど、私は仲良しだと思ってるよ、この前だって二人でご飯に行ったし」

「どこに行ったんですか?」

「インディアンカレーにカレーを食べに、」スズメは幸せそうな顔をした。「んふふっ、十皿もお代わりしちゃった、だってカナデちゃんが沢山食べてもいいっていうからね、カナデちゃん、株で儲けているみたいで遠慮なく奢ってもらっちゃった」

「株、ですか?」

「野菜のカブじゃないよ」

「そんなの分かってますよ、」フミカはカナデが株をしているなんて意外、と思いながら質問を続ける。「それで、インディアンカレーでカレーを食べて次はどこに行ったんですか?」

「アイスを食べながらショッピングをして、ちょっと歩いたらお腹が空いたからチュロスを買って食べてホリーズカフェで珈琲を飲んでパフェを食べて」

「うわぁ、食べてばっかりですね」フミカの口から思わず本音が漏れた。

 もうちょっと我慢出来ないの、までは言わなかったけど、マナミの口から漏れた本音にスズメは反応してむっと睨んできた。

「フミカちゃんってば、嫌な感じ、何度も言っているでしょ、私は普通の女の子よりも燃費が悪いの、だから普通の女の子たちよりもちょーっと多めに食べないと倒れちゃうんだ、食べてばっかりなのには理由があるんだよ、それにちゃんと太らないようにきちんと食事量はセーブしているつもり、それなのに食べてばっかりなんて言われたら、すっごくムカつく、ムカつくぜ、ムカついたら、お腹が減ってきたな、何か食べなくっちゃ、ねぇ、私のために何か注文しない?」

 フミカは料理を注文するつもりはなかったので笑ってごまかした。ドラゴンベイビーズのオムライスってスズメが量が少ないって口を出したせいでかなりボリューミィなんだ。「それで食事以外には、どんなことを?」

「カラオケに行った」

「何時間くらい?」

「午後の九時から朝まで」

「朝まで歌ってたんですか、二人で?」

「カナデちゃん、歌上手くって、私より上手よ、エクセル・ディスコも熱唱したし」

「カラオケの個室は狭かったですか?」

「そうね、狭かったけど、それが何?」

「カナデさんに体を触られたりとか、しました?」

「はあ、何でそんなこと聞くの?」

「別に意味はないんですけれど、」フミカは薄い微笑みを維持していた。「聞きたくって」

「うーん、触られた、というか、」スズメはカウンタに頬杖付いて天井を見た。「私の方から触ってたかも、よく覚えてないけど、途中から肩とか腕とか組んで歌ってたかも」

「へぇ、それはどうしてですか?」

「どうして?」

「どうして肩とか腕とか組んで、歌ったんですか?」

「いや、カラオケで盛り上がって、なんとなく、そうなったっていうか・・・・・・、」そこでスズメは強くフミカのことを睨んだ。ヒステリックが煌めいてフミカは少し危険を感じた。「っつうか、まさかフミカちゃん、私がそういう人だって疑ってる? 私がそういう、その、レズビアンだって、疑っているわけ? まさか私がカナデちゃんとそういうお付き合いしてるんじゃないかって疑っているわけ?」

 スズメの尋常ではない剣幕にフミカは身を後ろに反らして首を横に勢いよく横に振った。「ち、違います、そうじゃなくって、そうじゃないんです、ただ、」

「ただ?」スズメはズっとカウンタから身を乗り出してくる。「ただ、何なの?」

「いいえ、なんでもないです、」フミカは真っ直ぐに切りそろえた前髪を触りながら笑顔を作った。「本当に何でも」

 スズメはフミカを疑う目をしている。「・・・・・・本当に何でもないわけ?」

「はい、」フミカは歯切れよく言う。「本当に、何でも、えへへっ」

「まあ、それだったら、いいけど、」スズメは一度口を尖らせて、とびっきりチャーミングな笑顔を作った。フミカに文学を教えてくれた師匠の笑顔も魅力的だけれど、スズメの笑顔には心を幸せにしてくれる力があるんだ。「ごめんね、フミカちゃん、怖い顔して、ごめんね、許してよ」

「ううん、私の方こそ、変なこと聞いちゃって、」フミカはスズメに優しい声を掛けられて、顔が熱くなって下を向いた。可愛い人に優しい声を掛けられるとやっぱり心が騒いじゃう。フミカは必死に理性について考えた。平常心、平常心。そんな風に口を真一文字にして堪えていたら視界にピンクの星があるのに気付いた。「・・・・・・その指輪、可愛いですね」

 スズメの右手の人指し指にハート形のリングがあるのを見つけた。

 ピンク色に輝く宝石がシルバのハートに縁取られている。そのハートは大きすぎず、小さすぎず、素敵なデザインだとフミカは思った。安物ではないだろう。高額な品物に違いない。

「可愛いでしょう?」スズメは細くて綺麗な指を広げてフミカにピンクのハートをよく見せてくれた。「この前、プレゼントされちゃって、ティファニよ、ティファニ、困るよね、ティファニの指輪なんてプレゼントされちゃたら、でも可愛いからつけてるんだけど」

「へぇ・・・・・・、」フミカはまたスズメに怒られるのが怖かったけれど、これは聞かなければいけないことだと思って意を決して聞いた。「・・・・・・だ、」声が上擦ってしまったのはご愛敬。「誰の、プレゼントなんですか?」

「それは教えられないわ」スズメは上品に言って、ハニカんだ。


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