第五章②
メイド喫茶ドラゴンベイビーズにはエイコの奏でるピアノの音色に包まれている。彼女の紡ぐ旋律はロックンロールバンド、コレクチブ・ロウテイションの踊れるダンス・ナンバ、真夏のキャリコ。フロアのステージに近いどころではエイコの熱狂的なファンと思われる少女二人が激しく踊っていた。我慢出来ずに飛び出しちゃった感じだ。二人はファンシィで、キディで、煌びやかで、どことなくキャリコ繚乱という風なドレスを纏っている。何といっても踊るスカートは短くってパンツが見えそうで見えなかった。
少女好きのチカリコとフミカは口を半開きにして、前のめりになって彼女たちの激しく揺れるキャリコなスカートを見つめていた。パンツは絶妙に見えない。少女たちの太ももは白くって柔らかそうで猥褻だ。
真夏のキャリコが終わると男性ファンたちから一際大きい拍手が沸き起こった。それはエイコの真夏のキャリコに向けられたものでもあるし、踊った二人の少女に向けられたものでもあっただろう。エイコは珍しく、溌剌とした表情を見せ、踊った二人の少女たちと握手を交わしていた。
「ううん、」フミカは半開きの口を閉じて咳払いをしてからカウンタに向き直ってコーラを飲む。「ちーちゃんってば、女の子たちのスカートに釘づけなんだから、本当に見境のない人ね」
フミカがそう言うと、チカリコも半開きの口を閉じてカウンタに向き直り、フミカの横顔をじっと見つめた。
「……何?」フミカは横目でチカリコを睨む。「……ひゃっ!」
悲鳴を上げたのは、チカリコの手がフミカのスカートの中に滑り込んで来てパンツをキュッと上に持ち上げたからだ。
「も、もぉ、何するのぉ?」フミカは持ち上がってお尻に食い込んだパンツをスカートの上から元の位置に戻しながら声を潜めて言った。顔が熱かったのはチカリコにこんな風にいたずらされたのが初めてのことだったし、ドラゴンベイビーズのカウンタ席だったし、何よりパンツがお尻にきつめに食い込んでしまったからだ。中々パンツは元の位置に戻らない。気になる違和感。
「けけけっ、」チカリコは目を細めて妖艶に笑って言う。「私はフーミンのスカートの中が一番好きよ」
「猥褻だ、」フミカは恥ずかしいことを言われて恥ずかしかったけれど、必死に恥ずかしことを隠したので無表情でチカリコの発言を非難した。「猥褻よ」
そのタイミングでピアノが再び旋律を紡ぎ出す。
それってロックンロールのリズムだった。
フロアの照度が落ちた。
突然、何?
「実は今夜、私が一番好きなイギリス人が来ています、」エイコは用意されていたマイクを初めて使って声を響かせた。落ち着いた感じで大人雰囲気を漂よわせる、エレガントでセクシィな声だ。「アプリコット・ゼプテンバ、なぜか今夜はとっても歌いたいんだって」
カウンタ奥にスポットライトが当たる。
そこに視線が集中。
二秒後。
キッチンからコレクチブ・ロウテイションのギタリスト、アプリコット・ゼプテンバがエイコのピアノに合わせて登場した。
「ゼプテンバ様!」その登場に、チカリコは奇声を上げて喜んだ。「きゃあ、きゃあ、きゃあ! 凄い、フーミン、ゼプテンバ様だよ!」
フロアにも歓喜の声が飛び交っている。昔は彼女がドラゴンベイビーズに来て、演奏することって珍しくなかったみたいだけど、今は珍しい。コレクチブ・ロウテイションは錦景市で大人気だし、全国にも彼女たちの実力は知られている。特にゼプテンバの人気は凄い。
ロンドン出身、アビィロード・スタジオに隣接する邸で育ったロックンロール・ガールは、フィギュアのように精巧、月のように無慈悲な美貌の持ち主だ。その美貌はもちろん、圧倒的な演奏技術と彼女が作るポップでロックな楽曲は高く評価されている。インディーズでのファーストアルバム、コレクション・アンド・ロウテイションはチャートの上位に入り、そのリードトラックである『日曜日に破壊して』は大阪FM802のヘビー・ロウテイションにもなった。メジャーデビューの話も出ているらしいが、ゼプテンバ自身がまだ早い、時期尚早と拒んでいる、という噂だった。
ゼプテンバの歩みと一緒にブロンドの髪は長く揺れて煌めいていた。
大きなブルーの瞳は照明を反射して爛々と動いている。
彼女の登場で、ドラゴンベイビーズのフロアの空気は虹のように変化した。
今日の彼女のギターはスクワイアのテレキャスタ。色はコバルトブルー。装いはバクタの深緑色のTシャツに、純白のレーススカート。スニーカはコンバースのハイカット。頭にはカバの帽子を乗せている。彼女がカバの帽子を乗せているのを見るのは久しぶりで、それって彼女の機嫌が頗るいいときだ。
ゼプテンバはピアノの傍に立ち、英国淑女らしくスカートの裾を摘まんで首を僅かに傾けて客席に向かって風雅に微笑んだ。拍手が沸く。ゼプテンバはふわりと一回転して拍手に答える。
メイドさんたちが彼女のためにスタンドマイクを用意する。ゼプテンバは軽くチューニングをして、アンプのスイッチを入れて音を確かめた。エイコが奏でる静かなピアノの音色に歪んだギターがガツンと混ざる。
ギターの音って凄く好き。フミカの心臓はその音に顕著に反応する。体が熱くなった。ちょっと普通じゃいられない。フミカがこうなんだから、ゼプテンバのことを天使と崇めるチカリコの体はきっともっと、普通じゃないと思う。
「フューチャ」ゼプテンバは発音よく言って、六弦を響かせ歌い出す。
その曲を聞くのは初めてで、きっと新曲。
チカリコは堪え切れず、という風に飛び出してステージに近づいた。
君との初めてってどんな未来の予告よりも素敵だった、
だから君が、
ドラマチックを予告して。
今夜の歌はギターとピアノだけだったけど、夏の終わりまでにどこかのステージでパーフェクトなフューチャをやると、歌い終えたゼプテンバは予告した。




