第一章④
枕木家のリビングで開かれたミーティングの後、ユウとキティは一緒にお風呂に入っていた。お風呂に浮かぶ泡を救って息を吹きかけてシャボンを飛ばしてキティは言う。「やっぱりなんだか、釈然としない」
「え?」ユウは浴槽に体をしっかり肩まで沈めていた。「今度の日曜日のこと?」
ミーティングで話し合われたのは日曜日に行う縁術のことだった。錦景女子高校ではチカリコは恋の占い師を演じている。演じているというか、何でも錦景女子には古い時代から恋の占い師という異形の存在があって、チカリコは代々続くそれの異形の存在を継承しているという話だった。恋の占い師と公に振る舞えば、チカリコに恋を相談しに来る女子が現れる。沢山現れる。女子高生は恋多き生き物なので、三日に一度は恋を占ってもらいにチカリコのところに誰かが来る。チカリコは占いに来た女子の中から、この女子だ、という人を選ぶ。そしてその人に縁術を施すのだった。
縁術を施すということをターゲットに知られてはいけない、という決まりはないのだけれど、今回の縁術は、いわゆる縁結びなので、よりドラマチックになるようにとチカリコはターゲットには縁術のことは伝えていない。ただ日曜日のデートプランを提示しただけだ。恋の占い師として、最良のデートプランを提示したのだ。
そのデートプランに、縁術を施すのだ。仕掛ける、と言った方がニュアンス的には近いかもしれない。
「決戦の日曜日のことじゃなくって、」キティも縁術の話は聞いていた。キティも縁術に参加する、縁術師の一人なのだ。ジンロウが言うところの、ロックンローラ。ロックンローラとは何か。ジンロウ曰く、心を突き刺すソードを持つ者。理解不能意味不明だが、まあ、ジンロウが言うロックンローラの定義は季節によってコロコロと変わって定まることがないのでそんなことはどうでもいいことなのである。「シノブ君のこと」
「シノブ君がどうしたの?」
「どうしてシノブ君のことが好きなのに、」キティはユウに体を密着させて言う。「私のことを好きになれないのか?」
「シノブ君、カッコいいっしょ?」
「うん、悔しいけど、」キティは下唇を噛んで言う。「シノブ君、カッコいい、あれはちょっとズルいぜよ」
「ぜよ?」ユウは笑う。「キティってば、シノブ君のこと、めっちゃ観察してたよね?」
「見極めてたんだよ、ユウちゃんが一目惚れしちゃった人なんだから」
「絶対キティのこと、変な娘だって思ってるよ」
「別に私はシノブ君にどう思われたって構わない」
「シノブ君とは仲良くしてよ、それから変なこと言わないでよ」
「それって何、忠告?」キティの声音にちょっぴりヒステリックが混ざっている。
「もっと強い意志が込められています、命令のような強い意志が」
「でも、絶対、シノブ君は、」キティは探偵みたいな目をして人差し指を立てて言う。「ジンロウと付き合ってるよ」
「うん、そうだね、」ユウは頷き、リビングでのジンロウとシノブの様子を思い出した。二人の体は時折、今のユウとキティくらいに密着していて、ジンロウの手は時折シノブの腰に回っていたりした。「そうだと思う、少なくとも最初にうちにシノブ君が遊びに来たときよりは確実に、なんていうか、進歩している、そしてどんどん自然になっている」
「思うだけ損ってやつだよ、好きになるだけ無駄だってことだよ」
「損って何よぉ、無駄って何よぉ」ユウは唇を尖らせた。「僕の勝手だろぉ?」
「私のことを思っていた方が得だよ? 少なくとも損にはなりません」
「ほほう、一応聞いてあげる、どんな風にお得なわけ?」
「そうね、例えば気持ちよくしてあげられる、こんな風にしてね、」キティはユウの胸を触り上下に動かした。「お得でしょ?」
「莫迦、」ユウはキティの手を退かした。「止めてよ」
「……ハッキリ拒絶しないでよ、」キティは睨む目をして言って大きく溜息を吐き、ユウから体を離した。「ちょっと傷付くってものよ」
「ねぇ、約束して」ユウもキティを睨み言う。
「約束って?」
「二人きりのときはシノブ君の話はしないって約束して、戦争になるから」
「約束って言うか、」キティは愛らしく笑った。「条約ではないかしら?」
「調印しますか?」
「調印します、」言ってキティはユウの頬にキスした。「私もユウちゃんとは戦争したくないんですよ、本当よ」




