第四章⑩
ユウの網膜には公園の真ん中で踊っていた花束の赤い火が焼き付いてしまったようだ。目を瞑っても火の鮮烈な光が目の前でゆらゆらと揺れている。
ユウはこの火かもしれないと思った。
愛の形。
文学者は、分からない、と繰り返した。
でも彼と、彼の妹のエリの間には確かな形があったんじゃないかって思えた。
ある意味で悲しい結末だったのだろうけど。
文学者はそこに彼女の幸せを見ようとしていたし、愛を感じようとしていた。
彼が彼女の全てを知りえなかったとしても愛の形は。
綺麗な火だった。
愛ってそういうものかもしれないって思った。
言葉では上手く説明出来ないんだけれど。
愛って、火。
燃えるもの。
熱い風。
ラヴ・イズ・ライク・ア・ヒートウェイブって曲がそういえばあったな。
「ユウちゃん、いるの?」扉をノックする音とともにフミカの声が聞こえた。
「うん、」ユウは目を開けて返事をした。ユウはスーベニアと抱いて自室のベッドの上に寝そべっていた。錦景市は夜の七時。「いるよ」
「入るよ」フミカは扉の向こうで聞いた。
「入れば」
「じゃあ、お邪魔します」フミカは扉を押して入って来てベッドに腰掛けた。ユウの爪先にフミカのお尻が触れている。
ユウは寝そべったまま、フミカを見る。なんだか、よそよそしい感じ、とユウは不審に思った。違和感がある。雰囲気が神妙だ。ユウが勝手にそう思うだけかもしれないけれど。
「お姉ちゃん、何?」フミカが黙っているのでユウは聞く。
「夕食の準備が出来ましたよぉ」
「あ、ごめん、」ユウは上半身を持ち上げた。「ご飯のこと、すっかり忘れてた」
「一緒に食べましょう、」フミカは気持ち悪いくらい優しい声で言う。「お姉ちゃん、ユウちゃんと一緒にご飯が食べたいの、今日はジンロウもシノブ君も飲みに行ってていないので、二人っきりで」
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「ん?」フミカは可愛い子ぶるように口元をキュッと結んで首を斜めに傾げた。ユウは実の姉のことを少しだけ可愛いと思った。「何が?」
「なんか、変、優しい」
「お姉ちゃんはいつもユウちゃんには優しくしているつもりだけどな」
「まず、僕のことユウちゃんなんて呼ばないじゃん」
「そうだったかな」
「そうだよ、何を企んでいるわけ?」ユウは口を尖らせて聞く。
「何かを企むだなんて、ユウちゃんってば、酷いなぁ」
「お姉ちゃんのこと、よく分かんない」
「んふふっ」フミカは笑う。魔性に笑っている。それって目の奥まで笑っていないってこと。
「何なのさ」
「別に、なんでもないよ、」フミカは下を向いて首を横に振る。髪が揺れて、それがユウの鼻先をくすぐった。「一緒にご飯を食べましょうって、それだけ、別にそれだけなんですけど、その他に何かあるんですか?」
「もういいよぉ」ユウはフミカの背中を手の平で強めに叩いた。おちょくられているような気がしたんだ。
「んふふっ」フミカは叩かれて、嬉しそうに声を出した。意味不明だ。
「なんだよぉ、なんで叩かれて笑ってんの、気持ち悪いなぁ」
「気持ちいいよ、もっと叩いて」
「マッサージしてんじゃないんだよ」
ユウは言ってフミカのことを背中から抱き締めた。
間にスーベニアが意図せずして挟まった。
甘えたい気分に一瞬なって、傍にフミカがいるので抱き締めたんだ。
お姉ちゃんは僕のことをどう思っているのかな。
僕はお姉ちゃんのことをどう思っているのかな。
分からないな。
スーベニアが僕とお姉ちゃんの間に挟まった理由くらい些細で、分からないことだと思ったよ。
でも僕はお姉ちゃんが僕のことを愛していることを知ってるよ。
僕がお姉ちゃんのことを好きなことも分かっているよね?
これも愛の形だよね。
そうだよね?
「違う、そうじゃないって、ユウ」フミカは多少ヒステリックを声に含んで言った。
「え、違うの?」
「もっと叩いて欲しいの、私、ユウちゃんに、その、」フミカはそこで口籠ったけれど、何かを決意した目を見せて発声した。「私、ユウちゃんに叩かれたいの、叩かれたくってしょうがないんだ、私の気持ち分かるよね?」
「分かんない、」ユウは大きく首を横に振った。「何それ?」
僕に叩かれたい?
どうして?
理解不能意味不明。
叩かれたいなんて、意味が分かりません。
フミカが何を言っているのか分かんない。
分かんないけど。
まあ、これも。
愛の火の形、なんですかね?
「お願い、分かってよ、ユウ、」フミカは真剣な目をして訴える。「ユウに叩かれたい私の気持ちを分かって、私を叩いてよ、お願いします、どうか叩いて下さい」




