第四章⑧
文学者は黒いスーツを身に纏い、黒いネクタイを締めていた。黒いサングラスは掛けていなかったけれど、ミッシェル・ガン・エレファントみたいだとユウは思った。
彼は赤い薔薇の花束を公園の中央に、そっと置いた。
そこには何もないのに、花束を置いたのだ。
彼は煙草に火を付けて煙を吐き、ライタを持った手をポケットに突っ込み、花束から離れ、こちらに向かってゆっくりと歩いてくる。
ユウと視線が合った。
彼は子供っぽく笑う。ユウとキティの存在をこの瞬間に初めて確認した、という風な表情を見せる。
ユウはどんな顔をしたらいいか分からなくって、無表情。笑おうとしたけれど、なんだか失敗してしまった。
真っ赤な薔薇の花束って文学的にどんな意味があるんだろうってユウは考えている。それを公園の真ん中に置くことの意味って何?
それに。
あの錦景女子の人たちは花束の周りに集まって、花束の上に花束を重ねて何をしようとしているんだろう?
花束は重なり合って。
小さなピラミッドとなりました。
それを囲んで錦景女子たちは。
風雅に笑っている。
横断歩道の向こうにも、まだ錦景女子の人たちがいて赤信号が変わるのを待っている。彼女たちはケースを持っていた。トランペットとかトロンボーンとか、金管楽器が入ったケースだと思う。それってつまり、錦景女子吹奏楽部のコンサートが始まります、ということだろうか。
「先客がいたんだ、悪いね、」文学者はユウの隣に浅く座り公園の中央に集う錦景女子たちの方を見ながら言う。「すぐ終わるから、ああ、でも少しうるさくなるかもしれない、その娘を起こしてしまうかもしれないな」
「……すぐ終わるって、その、」ユウは横目で文学者の横顔を窺った。「これから何が始まるんですか?」
「校歌斉唱」
「校歌斉唱?」
「麗しきセーラ服に身を包んだ錦景女子高校の吹奏楽部と合唱部の校歌斉唱さ、失われた錦景女子第二校歌を彼女たちが奏でてくれる」
「失われた錦景女子第二校歌って、」ユウはこの状況が意味不明で声が強く出てしまった。「何ですか?」
「いい歌だよ、」彼はユウの方を見て笑う。なぜか瞳がうっすらと濡れていた。「涙が出るほどね、涙が出るほどいい歌ってこれしか知らないな」
「……はあ」ユウは曖昧に頷いた。
なぜ文学者が公園の中央に花束を置き、錦景女子の吹奏楽部と合唱部の方々が校歌斉唱をするのか。失われた錦景女子第二校歌って何?
文学者はユウがそれ以上質問出来ない雰囲気を漂わせ、肘を太股に当て前傾に座っている。
これって夢かも、と思いながらユウは着々と準備が整っている公園の真ん中を見つめていた。総勢三十人ほどの人数が集まっていて、この公園ではあまりみない光景だと思う。
トランペットの高い音を皮切りに、楽器の音がバラバラに響き始めた。音を合わせているみたい。合唱部は発声練習を開始した。
金管楽器の音色で公園はすっごく賑やかになる。彼女たちの音色に誘われて、なんだなんだと通りすがりの人たちが足を止めて柵の外側から彼女たちを見つめていた。
「……何?」キティも音で目を覚ました。「何の音?」
「し、」ユウはキティに向けて唇の前に人差し指を立てた。「静かに」
「ふえ?」キティは目を擦り、公園の真ん中に集う錦景女子たちの方を一瞥、目を大きくしてユウを見る。「何が始まるの?」
ユウは人差し指をキティの唇に当てた。
キティは眉を寄せて黙る。
黙ってユウの視線が向かう方をキティも見た。
踏み台に。
一人。
錦景女子が立つ。
彼女がタクトを揺らせば。
失われた錦景女子第二校歌の旋律に公園は包まれた。




