第四章⑦
会同の日から二日後の八月七日の錦景市は金曜日。
放課後、ユウは引田センリのスーベニアを抱いてライフラインの傍の公園のベンチに座っていた。
別に誰かと待ち合わせているということはなくって、ただ文学者との遭遇を待ち望んでいた。
ユウはここ数日間、未来について考えていた。考え続けてしまっていて現実の景色がぼんやりと滲んで見えた。今って夢よと冗談を言われたら信じていたと思う。
キティとの、けだものの景色が。
センリのスーベニアが拍車を掛けて。
ユウの未来を考える脳ミソのセクションを回転させていたんだ。
漠然としていて輪郭が見えない未来。
僕とキティの行く先は?
僕はキティとどうなりたいのだろうか。
キティは今。
呑気にユウの膝の上に頭を乗せて眠ってしまっている。
口を半開きにしているから時折涎が糸を引いて落下する。それはもちろん涙みたいに綺麗じゃない。
ユウはそれをティッシュで拭いてやる。
この仕草って。
なんだかいやらしい。
でもけだものみたいじゃなくって。
清らかで純粋で理性的で。
人間的な。
アニマルじゃなくって、普通の人間的な。
綺麗な。
愛の形、のような気がするんです。
勘違いかもしれないけれど。
僕はこういう風な愛が好き。
こういう風に、キティの頭を触って撫でる愛が好き。
少なくとも今はそう思う。
でも、
未来は?
未来の僕は、こんな二人のシーンを子供みたいだって笑うのかな。
キティの涎で湿ったティッシュをユウは握り締めて、手の中に温いベトベトを感じる。
このベトベトは嫌い。
微かなけだもの、僅かにけものを感じてユウは目を瞑る。
・・・・・・やっぱりよく分からないんだ。
けだものになって、僕はどうなるの?
お姉ちゃんはどうなったの?
ちーちゃんのことがよく分かった?
ちーちゃんの全てを知った?
未来圏から吹く風を感じて。
未来を見た?
僕はお姉ちゃんの真似をしてけだものになってキティと気持ちいいことをして。
そうだよ。
気持ちよかったんだけど。
もう一回、味合ってみたいと思うけど。
キティのことがよく分からなくなった。
キティだって同じ事を思ったはず。
僕のことが分からなくなってきっと、冷静になる時間が必要だと思ったんじゃないかな。
そうだね。
僕は思っていたんだよぉ。
清らかで純粋で理性的で人間的な愛情のその奥深くにある原始的なけだものの愛に辿り着けば知ることが出来ると思っていたんだ。
キティの全部。
でもそうじゃなかった。
そうじゃなかったから、少し不安を感じていて。
いや、不安というか。
戸惑い、というか。
キティのことについての苦悩が止まらないんです。
キティは僕を苦悩させる女の子になった。
今までもそうだったかもしれないけれど。
さらに強くそう、認識している。
どんな方法が。
どんな関係が。
どんな理想が。
どんな優しいキスが。
二人の未来の行く先を予告してくれるの?
そしてそれらの疑問を思う度に目の前に彼女は立つ。
今もユウの目の前に立っている。
センリは黙ってこっちをじっと見つめている。
すぐに笑い出しそうなイノセントな表情。
でもセンリの目はユウにとって厳しく見える。
センリはユウのことを厳しく育てた。
本当に大切なことは全部、センリから教わったんだ。
「本当に大切なことは誰も教えてくれないよ、本当に大切なことを言っているように見えてもそれってきっと全部嘘、信じてはいけないよ、本当に大切なことって自分で気付くことだからね、気付き、もしくは発見さ、さて、ユウちゃん、君はこの一瞬の間に何かを発見した?」
そう、
発見。
僕は文学者の中に未来圏から吹く風、それの予感のようなものを発見するために、ここに座っているんだ。
ユウは目を開ける。
水色と紫と赤と黄色と灰色と黒のグラデーションが空だった。
空のずっと手前。
公園の敷地、砂場に近いところに文学者は歩いていた。
文学者はなぜか。
大きな花束を持っていて。
公園の出入り口の前の横断歩道を渡る人たちも大きな花束を持っていて。
その人たちってユウが今朝も目撃したセーラ服姿でつまり、錦景女子高校の人たちだった。




