第四章⑥
「ストーカぁ?」
フミカとチカリコは顔を見合わせた。マナミの相談事を聞く、というのでフミカはチカリコの隣に移動してマナミと向かい合うように座ったのだ。そしてマナミの話を聞けば、ストーカという言葉を耳にした。
「そうなの、スズメちゃん、」マナミは珈琲をスプーンで掻き混ぜながら窓の外を見る。窓辺には真っ赤な鳳仙花が咲いている。「ストーカされてて、今までも、何度かあって警察の人にお世話になっているんだけれど、でも今回のケースはちょっと違っていて、警察のお世話になるのも微妙だし、っていうか、スズメちゃん自身がそんなに深刻に考えてなくって、でも私はちょっと、ヤバい、っていうか、怖いって思ってて、エスカレートしたら、怖いことになっちゃうんじゃないかって思ってるの」
「いまいち、よく分からないんやけえど、」チカリコは難しい顔をしながら、西のイントネーションだった。「スズメがストーカのことをヤバいって思ってなくって、まーちゃんがヤバいって思っているって、それってアレちゃう? まーちゃんの勘違いちゃうの?」
「いや、ちゃうねん、」マナミの西のイントネーションはかなり不自然だった。「ちゃうねんって、スズメちゃんは絶対、ストーカされとんねん、ただスズメちゃんがそう思っていないだけで、ストーカされとんねん、あれは間違いなくストーカやで」
「ストーカって、例えば、どんな被害に合ってるわけ?」
「別に、被害っていう、被害、みたいなものはないんだけどね、なんていうの、ちょっといちゃいちゃし過ぎっていうか」
「いちゃいちゃし過ぎねぇ、」チカリコは口を斜めにする。「それってストーカかしら?」
「あの、マナミさん、もしかしてストーカが誰か、」フミカも難しい顔をして、マナミに聞く。「分かっているんですか?」
「うん、まぁ、そうやね」マナミは珈琲を一口飲んだ。そして「はぁ」と息を吐き、黙り込んだ。
「まーちゃん、それって誰なん?」チカリコが聞く。「私たちが知ってはる人かえ?」
「はぁ・・・・・・、」マナミは大きく息を吐き、目元を押さえて小さく言った。「カナデちゃんよ」
「マジでぇ!」
フミカは声を上げて立ち上がった。
だって。
カナデちゃんだなんて全く考えてなかったから。
そんな風に驚きを表現したフミカに店内の視線が集まった。フミカはあっと思って、両手で口を隠し、ゆったりとした顔を作って沈むようにソファに座り直した。
めっちゃ恥ずかしいやん。
フミカの顔は真っ赤になりました。
そんなフミカのことをチカリコは優しく撫でてくれました。
なでなでしてくれました。
さて店内の雰囲気が正常に戻って、チカリコは口を開いた。「でも、まあ、そうだと思ったよ」
「え、なんで?」マナミは首を傾ける。「どうして分かったの?」
「要するにさ、まーちゃん、」チカリコはパフェ用の長いスプーンの先をマナミの顔に突きつけて言う。「嫉妬してんだろぉ?」
「し、し、し、し、」マナミはすっごく動揺していた。そして下を向いてしまった。「嫉妬なんて、してないよぉ」
「嘘だ、けけけっ、」チカリコは愉快そうに笑う。「大事なスズメちゃんがカナデちゃんに取られちゃって悔しいんだ、だから私たちにカナデちゃんのことをストーカだなんて言って、スズメちゃんのことを取り返そうって思ったんだ、違うかえ?」
「違うよ、ちーちゃん、私はね、スズメちゃんのことが心配で、確かに、その、ちょっとスズメちゃんがカナデちゃんといちゃいちゃし過ぎてるなぁって思ってたけど、ええ、確かに少しばかりは嫉妬もあります、ありました、それは認めます、でも、でもね、心配な気持ちがあるのは本当なの、カナデちゃん、ちょっと、なんていうか、やっぱり、怖い目をするときがあるんだ」
「まあ、そりゃ怖い目もするでしょうよ、」チカリコは目を細めて笑っている。「女の子だもの」
「まあ、女の子だから、そうかもしれないけどさ、」マナミは不満げな眼差しをチカリコに注いでいる。「でも、私、ちょっとおかしいっていうか、変、っていうか、やっぱり、怖いって思うのよ、カナデちゃんのこと」
「杞憂でしょうよ、」チカリコはさらりと結論付けた。彼女の手の平は上を向いていた。「杞憂でしょう、ねぇ、フーミン?」
「あ、うん、」フミカはチカリコに全面的に同意見だった。「杞憂だと思います」
「杞憂かなぁ」マナミは窓際の鳳仙花を見ながら片方の頬を膨らましていた。
「まぁね、まーちゃん、一応私たちは恋の縁術師、相談されてしまったからには少しくらいは真剣に調べましょう、」チカリコは姿勢を前傾にしてマナミに言う。「ええ、調べます、まーちゃんがカナデちゃんの目を怖いと思った理由、それが杞憂か、そうでないか、まあ、杞憂だと思うけどね、うん、調べておいてあげましょう、それでええか?」
「うん、」マナミは口元をきつく結んで頷いた。「それでええ」




