第三章⑦
「けだものだって、ケケケっ」
空が紫色に変化して夜になりゆく帰り道。自転車を漕ぎながらチカリコは、またユウの台詞を思い出して笑っていた。
「また笑ってる、」フミカは口を尖らせて言う。「もういい加減、気が済まないわけ?」
「いいじゃないの、けだもの、最高の表現だと思うぜ、あんな風に恥ずかしいことを見せてやったんだもん、欲のままに制御不能に、それって何? けだものだろう? 俺たちはけだものだぜ、そうだろ、フーミン」
「赤だよ、ちーちゃん」
「おおっとぉ」
赤信号になったのでチカリコとフミカはキキっとブレーキを掛けて止まる。駅前の六本の道が交わる広い交差点だった。歩道橋は中央で複雑に交差している。ここの赤信号は長い。酷いときは五分以上待たされて欠伸が出る。
「ふあぁ、」フミカは欠伸をした。止まって急に眠気がやって来た。「なんだか疲れちゃったなぁ、やっぱり見られていると普段の三倍は疲れちゃうよね」
「あ、」チカリコが横を向いて声を上げた。「シノブ君だ」
「え?」フミカはその声に反応し、周囲を見回す。でもいない。「……どこ?」
「ん」チカリコは隣に停止していたピンクのミニクーパの助手席を指差した。
それと同じタイミングで助手席のウインドが動き開いた。シノブは二人に向かって手を小さく振った。
「本当にシノブ君だ、」フミカは声を上げ目を丸くしてシノブを見た。「シノブ君がいる」
「偶然、二人とも今帰り?」
「ええ、」チカリコが頷く。「シノブ君も?」
「これからライブにいくんだ、」シノブは言って一度運転席の方に視線をやる。「友達と、二人ともエクセル・ガールズって知ってる?」
「ええ、よく知ってるわよ、」チカリコが答える。「有名人だし、ねぇ、フーミン」
「まあ、有名人なので、」フミカは小さく笑う。「私もよく知ってるよ、有名人だし」
「あ、それじゃあ、二人も一緒に行こうぜ、せっかくこんなところでバッタリ会ったんだからさ」
「その理論はよく分からないけれど、」チカリコは目を細め首を傾けて言う。「そちらのお友達は私たちが一緒でも大丈夫?」
「カナデ、」シノブは首だけ振り返って言う。「いいよね?」
フミカは車内を覗き込むようにして運転席に座る、カナデ、という女性の姿を確認した。ふわふわと緩やかなウェーブが掛かった髪の色は明るい茶色。目は切れ長で、チカリコと系統が似ている。瞳は黒く大きい。肌が純粋に白くって、体付きは華奢だ。腕が細いでのミニクーパのハンドルなのにとっても無骨に思えた。カナデはエクセル・ガールズのTシャツにジーパンという、ライブに向けた出で立ちだった。森永スズメのピンク色のリストバンドをしているから、カナデは彼女のファンなのだろう。カナデはシノブに向かって笑顔で頷く。「もちろんよ、一緒に行きましょう」
「じゃあ、二人とも、」シノブはこちらに向き直り言う。「トリケラトプスの前で待ってて」
信号が赤から青に変わる。ミニクーパはエンジンの高いサウンドを響かせた。
ミニクーパの発進に少し遅れて二人も自転車を前に進める。
「いいなぁ、」小さくなるミニクーパの可愛らしいお尻をじっと見ながらチカリコは言う。「格好いい、可愛い、ミニクーパもいいなぁ」
最近、チカリコは車のことを考えている。助手席に女の子を乗せて、ぶいぶい言わせたいんだって。もちろん、最初にチカリコの車の助手席に乗る女の子は自分だってフミカは決めているから、彼女の車の相談に少し真剣に乗っていた。「昨日はランクルって言ってたよね?」




