第三章③
カナデはピンク・ベル・キャブズというお店で働く人気者だった。おそらく彼女の人なつっこいところと絶えず密着してくるところと人の吸っている煙草を奪って吸うところが人気者の理由だ。シノブは自分が一息だけ吸った煙草をくわえるカナデを見ながらそう思った。シノブは彼女の部屋の、彼女の匂いが染み込んだベッドに横になっている。時刻はそろそろ女子高生の放課後だった。
「疲れた、」シノブは目を瞑って言った。「なんだか、疲れているみたいだ」
「シノブ君はずっと眠っていただけじゃない、」カナデは笑顔で言って、煙を吐く。「疲れるのは私の方でしょ、すっごくサービスしてあげたんだから、お金を貰いたいくらいだわ、んふふふっ」
「まだ元気そうだ」
「だってまだ今日は一回しかしてないし」
「いつもこんな感じ?」
「こんな感じって?」
「今日みたいにしてくれるわけ?」
「ううん、シノブ君だから、頑張ったんだよ、」言って、カナデはシノブにキスする。「嫌な人とはこんな風にしないもの」
「……それって、」シノブはカナデを真っ直ぐに見つめて言った。「寝た人全員に言ってない?」
「んふふっ、」カナデは笑顔をシノブから遠ざけた。「まあ、気に入った人には言っているかもね、でもそんなのっていちいち覚えてないの、脳ミソが破裂しちゃうから」
カナデは煙草を灰皿に押しつけ、机の上のステレオを操作して音楽をかけた。部屋は一気に陽気になる。そういう明るい音楽が流れている。
「エクセル・ガールズよ、」カナデはシノブに密着して横になり頬にキスして言った。「知らない?」
「エクセル・ガールズ?」シノブは知らなかった。「なぁに、表計算ソフトのエクセル?」
「うん、そう、錦景市のローカルアイドルで、結構有名なんだよ、六人組で、普段は駅前のメイド喫茶で働いているの、私、凄く好きなの、特にね、このピンクの娘、」カナデは枕元の雑誌を手に取り、エクセル・ガールズの六人が移った写真の真ん中のピンクの衣装を纏った女の子を指差し言った。「森永スズメ、ねぇ、凄く可愛いでしょ?」
「うん、可愛いね」
「たまに行くんだ、そのメイド喫茶に、ドラゴンベイビーズっていうんだけど、運がよかったらライブとか見れるんだよぉ」
「へぇ、」シノブは疲れていたので、目を瞑って音楽に耳を澄ませていた。聞いていればそれは紛れもなくロックンロール。「いい曲じゃないか、なんて曲?」
「センチメンタル・ピストル・ブギ、」カナデは歯切れよく曲名を言ってシノブの体に抱きついた。「ねぇ、シノブ君、よかったら今夜一緒に行かない? エクセル・ガールズのライブに、シノブ君と一緒に行きたいなぁ」




