第三章②
「シノブ君って枕木君と付き合ってるの?」
彼女の名前は、當田カナデ。
講義が終わっても話足りなかったシノブはカナデを昼食に誘った。講義の終わりは正午で大学の食堂は混雑していてどうしようもなかったので大学の東門を出て少し歩いた先にある食堂に入った。ジンロウは日本絵画史のレポートが終わっていない、やべぇと言って図書館に向かった。だからシノブは珍しく、ジンロウ以外の人間と二人きりになっていた。カナデと二人きりでお値段のリーズナブルな海鮮丼を食べていた。カナデは人懐っこくって、今までほとんどしゃべったことのなかったシノブと最初からフランクにしゃべっていた。いつの間にか中世史の話から脱線して、プライベートなことを話していた。その中で飛び出したのが、その質問だった。
「まあ、そんなとこかな、」シノブは答える。「でも、どうだろう、確認し合ったとこはねぇんだよなぁ」
「ああ、やっぱりそうなんだぁ、」カナデは笑顔で言う。彼女は基本的ニコニコしている。何かを考えている時には吃驚するくらい深刻そうな顔をするけれど、基本的にカナデはニコニコと笑っている。「大学でも、ずっと一緒だもんねぇ、やっぱりそうだよねぇ、そっかぁ、残念だなぁ」
「残念って?」
「え、言わせるのぉ?」カナデは下唇を甘く噛みながら言う。「私、ずっとシノブ君のこと、気になってたんだよぉ、格好いいなって思ってたんだよぉ」
「へぇ、知らなかったな、」シノブはどんな顔をすればいいか分からなかった。取りあえず下を向いてお茶を飲んだ。「初耳」
「でも思った通りだった、枕木君と付き合ってたんだね、まあ、それを知ることが出来ただけでも、今日は質問してよかったな、一緒にご飯を食べることも出来たし、んふふふっ」
「中世史のことじゃなくって、僕のことに興味があったわけ? なんていうか、残念だな」
「え、残念?」
「中世史を語り合える子がいたと思ったから、嬉しくなったのに、残念だ」
「中世史に興味がないわけじゃないよ、ただ中世史より、シノブ君の方がちょっと気になったから、ほら、例えば中世史の論文を読んでいて、その内容よりも研究者に興味が沸くことってあるでしょ?」
「ある、」シノブは前のめりになってカナデを真っ直ぐに見て言った。「なんだ、君、ちゃんと分かってるんじゃない」
「うん、分かってるよ、だから、嬉しくなった?」
「うん、嬉しくなったよ」
「ああ、シノブ君のこと、もっと知りたいな」
どういうつもりか、カナデはシノブの手を触り、指を絡めて来た。
「ここは食堂だぜ」シノブは手を引っ込めて煙草を取り出し言った。
「私の家、ここから歩いて十分くらいなんだけど」
「……どういう意味だろう?」シノブは惚ける。
「私もシノブ君と中世史を語り合いたいの、すっごく話したい」
「いいね、でも、」シノブはライタで火を点けて、煙を吐いた。「ちょっと、梅雨に色々あって、色々あってさ、申し訳ないんだけれど、そういう積極的な誘いは止めて欲しいんだよね」
「色々って?」カナデはシノブの手からライタを奪い火で遊んでいる。火を間に挟んで、シノブのことを妖艶に見つめてくる。「その色々、気になるなぁ」
「気になる?」
「うん」
「言わない」シノブは笑って煙を吐く。
「私は面倒臭くならないよ」カナデは笑顔。
「それって、どういう意味?」
「実はこれ、秘密なんだけど」
カナデは椅子から腰を浮かせてシノブの耳元に口を近づけて秘密を囁いた。「……どう、驚いた?」
「別に、でも、」シノブは首を横に振って言う。シノブはさほど驚かなかった。「都合がいい女の子ってわけだ」
「そうでもないよ、都合がつかないときもあるわ、んふふっ、」カナデは愉快そうに笑う。「意外とカナちゃんって人気者なんだぜ」




