第一章⑪
ヒトミはびっくりして叫びそうだった。
だって、女の子同士がキスしていたから。
場所はふらりと立ち寄った錦景ターゲットビルのタワーレコード。
クラシックのコーナでユイコがベートーベンについての知識を披露していたとき。
その奥の人気のないブルースのコーナ、チャック・ベリーの特集が組まれていたコーナの前で。
二人の少女がキスをしていた。
お人形さんみたいな西洋人の少女と、黒髪のショートが似合う少女。
中学生くらいかしら。
ヒトミとユイコよりはきっと年下だろう。
本日、二度目のキス。
しかも今度は少女と少女。
多分、ヒトミと同じ種族の女の子たち。
ヒトミはじっと、二人のキスを眺めてしまった。
背景はチャック・ベリーの新しいベスト版。近くのスピーカからはメイベリーンが流れている。
メイベリーン、ワッチュゴナ、ドゥ。
それに包まれながらのキスに。
ヒトミは凄く。
ロックンロールを感じました。
二人の少女は長いキスの後、滑らかに向こうの通路に消えて行きました。
「・・・・・・見た?」
ヒトミを盾にしてユイコも二人の少女のキスを見ていたようだ。
「うん、」ヒトミは振り返り、頷く。「見ちゃった」
「二度目ね」
「うん、二度目だね」
「しかも今度は」
「女の子同士だったね」
言ってヒトミは、じっとユイコの唇を眺めてしまった。色の綺麗な唇。厳選された色の唇。ユイコは口紅を塗っている。ヒトミのために、唇を色で塗っているのだ。
ユイコはヒトミから顔を離した。
それでヒトミは顔が必要以上に近づいていたことを知る。
それについてユイコは何も言わなかった。
「あの娘たち、レズビアンなのかな?」
タワーレコードの近くにある自販機で缶珈琲を買って、その横のベンチに座り飲んでいるときにユイコは急に言った。ずっとそれについて考えていた、という感じだった。ヒトミもそれは一緒だった。
「じゃれていた、」ユイコは缶の側面に書かれた珈琲の成分を見ながら言う。「っていう感じでもあったけど」
「西洋では普通なのかも」ヒトミは言った。西洋人の可愛い女の子の姿がとても鮮烈に脳ミソに残っていた。
「錦景女子にもいるでしょ、」ユイコは言う。「ほら、恋の占い師と文芸部の部長、付き合っているみたいだし、他にも色々聞かない? やっぱり女子校だから多いのかなぁ」
「ユイコちゃんはどう思う?」
「どう思うって?」
「そういう人たちのこと、軽蔑する?」
「軽蔑なんてしないわよ、」ユイコはクスリと笑う。「そういう時代でもないでしょ? 軽蔑なんて、凄くダサい、センスないやつがやることよね」
「そ、そうだよね、」ヒトミも笑う。「軽蔑なんて、ダサいよね」
そして。
ユイコはじっとヒトミのことを見た。
ユイコの目から、感情は読めなかった。
どうしてじっと、見つめるんだろう?
「ユイコちゃん、どうしたの?」
「キスしてみる?」
「え!?」ヒトミの口から変な声が出た。
「ごめん、なんでもない、冗談、なんちゃって、」ユイコは首を横に振ってベンチを立ち上がり言う。「さ、そろそろライブの時間ね、ほら、ヒトミ、ぼうっとしてないで連れてって」




