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恋の縁術師(the Secret Affair)  作者: 枕木悠
第一章 縁結びの姫様(the View)
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第一章⑨

 錦景市駅の地下街を北に進み、円形広場を抜け、地上三十二階の錦景第二ビルに近い場所にマクドナルドがある。平日の放課後はそれほど混まないマクドナルドなんだけれど、日曜日の昼間なのでさすがに人が多かった。だからヒトミとユイコはテーブル席に向かい合って座れなかった。

 二人はカウンタ席に座り、ガラス越しに地下通路を行き交う人を眺めながら、ハンバーガを食べていた。

 話題は四月の終わりに開かれる、錦景女子の春の球宴について。

「今年はサッカーなんだって、」ユイコは口を尖らせて言った。「ちぇ、野球がよかったな、ずっと野球だったのに、今年だけサッカーなんだよ」

「なんで¬サッカーなんだろう?」

「ワールドカップがあるから」ユイコはポテトを齧って言う。

「へぇ、そうなんだ」ヒトミはスポーツのことを知らない。全然知らない。本田、とか言われてもスーパカブの方を思い浮かべてしまう。

「生徒会長が勝手に決めたんだよ、狡いよね」

 別にどうでもいい、って思ってヒトミはハンバーガを齧る。

「あ、今、どうでもいいって顔した」

「え、してないよ、」ヒトミは慌てて笑顔を作る。「してないよ、私も生徒会長のこと狡いって思う」

「ヒトミは出るの?」

「え、出るって?」

「春の球宴によ」

「あ、私はいいかな、応援係で」

「そんなの面白くないっしょ?」

「私運動苦手だし、皆の迷惑になるからいいの」

「ならないよ、皆下手くそだし、私も下手くそ」

「ユイコちゃんは出るの?」

「うん、出るよ、十番を背負うのは私だぜ」

「ユイコちゃん、上手だもんね」

「下手くそよ」

「えー、上手だったよ、この前の体育のときも、キーパの日高先生の股を抜いてたじゃん」

「日高のこと嫌いだから、」ユイコは教師陣に対してはとても反抗的だった。クラスメイトに対しては分け隔てなく優しいんだけれど、教師陣に対してはなぜか反抗的な主張を宿した目を見せるのだった。そんなユイコのことをヒトミは素敵だと思う。「あいつちょっと、調子に乗ってるよね」

「うん、私もあの人、苦手、」ヒトミは日高の大きい声が嫌いだった。「嫌いかも」

「ぎゃふんと言わせてやろうと思ったの、だから本気を出して股を抜きました、快感だった、えへへっ」

「うん、んふふっ、私も快感だった」

 そして衝撃的なシーンを目撃したのはこの瞬間。

「……見た?」ユイコはヒトミの肩を触り言う。

「……うん、見ちゃった」ヒトミはユイコに視線を向ける。「っていうか、目が合っちゃったよぉ」

 マクドナルドの地下通路を挟んで向かいにはロウソンがある。その手前には太い円筒形の柱があって、それに背中を預けている綺麗な人がいた。

 肩を露出させたワンピースには、雪舟を思わせる水墨画が描かれている。腰のラインには鯉が斜めに泳いでいる。

誰かとそこで待ち合わせているみたいに見えた。しきりに時計を確認し、スマートフォンをいじっていた。

 そこに待ち人である、男性が現れた。

切れ長の目が秀麗な男性。スカーフを首に巻いている。深緑色の柄物のワイシャツは皺だらけで、黒いジーンズはところどころ白が散っている。

 そして二人はキスを交わした。

 短いキス。

 それが瞳に飛び込んできた。

 短いキスの後、綺麗な人は目を開けると、ヒトミの視線に気付いたのか、こちらを見て、目を合わせて、いたずらっぽく微笑んだ。

 そして綺麗な人は、形のいい唇の前に人差し指を立ててヒトミに向かってウインクした。

 恋の占い師のチカリコのウインクよりも、ずっと純粋で、謎のない完璧なウインクだった。

 綺麗な人はこちらに背中を向けて、男性に腕に自分の腕を絡め、柱を離れ、駅の方向に歩いて行った。

「いいなぁ」ユイコはポツリと呟いた。

「え、いいなぁって?」

「私まだキスしたことないの、」ユイコはコーラに刺さるストロを噛んだ。「初恋もまだなの、ヒトミは?」

「ううん、」ヒトミは首を横に振る。「まだ、だけど」

「だけど?」ユイコは頬杖付き、ヒトミの顔を覗き込むようにして見る。

「初恋はしてます、」綺麗な人はもういない、柱を見ながらヒトミは言った。「好きな人がいるんだ」

「へぇ、誰だろう?」

ユイコはヒトミの瞳を覗き込み、まるで心を盗み見ようとするから、じっと見つめ返してしまった。

盗み見てくれって思った。

まだきっと、声に出して告白は出来ませんから。

二人の顔は近くなる。

ヒトミは頑張って顔をユイコの方に寄せた。

ユイコは僅かに目を大きくして言う。「……まさか私?」

心臓が大きく震えた。

体が熱くなって、汗が噴き出した。

その振動に耐えられなかったから。

ヒトミは笑って誤魔化してしまった。「あははっ、まさか」

「そうよね、んふふ、」ユイコも笑う。「あははっ」

「あははっ」ヒトミは勇気がない自分が悲しかった。

 こんな調子じゃ駄目だ。

 二人きりでいるだけで幸せなんて思っちゃ駄目だ。

 ユイコのことを彼女にしたいんだから。

 そう願っているんだから。

 だからもっと。

 積極的に。

 ああ、でも今の瞬間は。

 チャンスだったよね?

 戻りたい。

 でも戻れない。

 当たり前のことだけどそれは既にもう。

立派な思い出になってしまったので。

「次はどこに行くんですか、お嬢さん?」

 二人はマクドナルドを出て、綺麗な人と男性がキスしていた円筒形の柱の前にもたれ、並び立っていた。

 なんとなく、二人はとりあえず、そこに立っていた。

「んとねー」

 ヒトミはそのタイミングでユイコの腕に自分の腕を絡めた。自然な感じで。でも、ちょっとぎこちなかったかもしれない。積極的な行動だ。積極的とは、なんて恥ずかしいことだろうって思った。頭がなんだかピンク色になって、ふわふわした。とりあえず持っていたパンフレットの写真を指差し言う。「ここなんてどうかなー?」

「うん、いいわ、行きましょう」

 二人は腕を組んだまま、さっきの綺麗な人と男性のように並び歩き出した。

別にユイコは腕を絡めたことについて何も言わなかった。何も思わなかったのか、何かを思ったけれど言わなかったのかは分からないけれど、ユイコは何も言わなかった。表情も変えなかった。それはユイコがヒトミの積極的な行動を受け入れてくれた、ということだろうか、よく分からない。

ユイコの笑顔は、錦景女子高校一年E組で見ることの出来る笑顔を変わらない。

 でも。

 うん。

いい感じだと思った。

 少なくとも、二人は友達で。

 二人は仲良し。

 あら、仲がいい女の子達ね、と周囲を歩くマダムたちも思っているだろう。

 いい感じ。

 このいい感じから、少し進めばいい。

 ステップを踏めばいい。

 でも、ステップってどうやって踏めばいいのでしょう?

 私はダンスが苦手です。



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