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澪次の過去  作者: 一夜
3/3

中編

 生きていてくれてありがとう。助けてくれてありがとう。その一言がどれだけ僕を救ったか分からない。

 少なくともありし時の僕と同じ年頃の娘が、あの火災の時のように絶望した表情などしてほしくなかったのだろう。



「あ、お姉ちゃん!」

 僕と手を繋いで歩いてた女の子、ユリは大きな屋敷が見えてくると、門のところに立っている女性を見て笑顔を浮かべながら駆け出していった。そして女性の方もいつまでも帰らないあの娘の事が心配で仕方がなかったのだろう。

 自分の方に走ってくる妹に気づくと安堵の表情を浮かべながら彼女も走り出した。

「――ああ、ユリ。無事でしたのね」

「うん!お兄ちゃんが助けてくれたの!」

 ユリは二人の方に向かっている僕に振り返る。僕は女性な向かって軽く頭を下げ挨拶を済ませると、そのまま彼女に対峙する。

「貴方は――」

「リージェエリテ・ローズラインですわ。どうぞ(わたくし)のことはリージェと呼んでください」

「……そう。ではリージェ、一言言わせて頂きます。――もうユリを一人で遊ばせるような事は一切しないでください!吸血鬼に襲われた……とだけ言えば貴方ならその重要性に気づきますよねっ!」

 ユリに魔力が内包されていることを見てとってまさかとは思ったけど、案の定というか当然のことながら姉であるリージェは魔術師だった。

 ならば吸血鬼が魔力の豊富な子供を嬉々として狙うような生き物であることくらい彼女なら分かっているはずだ。

 リージェはその言葉に顔を蒼白させ、ユリに何があったのかすぐに理解したようだ。

 それだけ分かってくれれば僕がここにいる意味はもうない。後はリージェ――このしっかりとした姉なら失敗などしないだろうから。

 ――そう思いこの場を立ち去ろうと背を向ける。

「お待ちくださいませ。妹を救ってくれた礼をまだ返しておりませんわ」

 けどそれは僕の手を両手で握って引き止めたリージェによって叶わなかった。

「礼ならいいよ。あの状況でユリちゃんを助けない方が人として疑われるから」

「…いえ、人間は自分の命が惜しいものですわ。それを貴方は分かっていてまでユリを助けてくれた。それを蔑ろにしてはローズラインの名折れですわ」

 この後も僕は大丈夫だからと断り続けていたが、彼女の頑固さは筋金入りだった。恐らくだが、これはもうこちらが折れるまで彼女が引き下がることは無いだろう。そう理解し結局リージェの招待を甘んじて受け、彼女の屋敷にしばらくと間泊まる事になった。

 それからというもの色々あって、リージェから何故か「執事やってみません?」の有無を言わせぬ一言に執事をすることに。

 ――とはいっても、ここを出るまでの期間限定だったので『真似事』だったのだけど、彼女の手厳しいことびしびしとスキルを鍛えられた。

 もう、礼のために自分の屋敷に泊めた事など忘れているのだろうか?


 あれから一週間、リージェの屋敷での暮らしは充実したものだったが、別れは唐突だった。

 それはこれから宿営地に帰るところのNGOの仲間の一人からの連絡が切っ掛けだった。メンバーの言うには、先にキャンプ場に帰ったNGO達との交信が途絶えてしまったとのこと。

 ――それを聞いた僕は嫌な予感がして、リージェに無理を言ってキャンプ場の離れまで送ってもらった。

 そこから見えたのは生活の灯り。だがそれに安堵したのも束の間、少数の影を追いかける多数の影を視界に捉えた瞬間に僕は驚愕した。

「なッ!」

 アレが何であるか理解するや僕はそこに走り出す。後ろからリージェの制止の声がかけられてきたが、そんな事態などではなかった。

 ――死者。

 ……そう。飢えたように数人の人達に群がっていた連中は間違いなく死者だった。

 だったらメンバー達からの連絡が途絶えた事にも確信がつく。そしてこの事態を放置すれば、必ずこの宿営地が小規模ながらも死都と成り果ててしまうだろう。

 ならば今、僕がすべき事は決まってる!

 キャンプ地に足を踏み入れるや此方に群がってくる死者。――それを具現化した連動式の銃で滅していく。

 これ以上アレらを増やさない為にも、今ここで殺し尽くす以外にないのだ。

 ――だけど僕の動きは冴えなかった。だって今銃弾を撃ち込んでいる死者の殆んどが、良く知っている人達だった。あのように変わり果てても、僕は彼らを、彼女らを知っている。名前も知っているし、顔も知っている、話したことだって何度もある。

 ――だって僕達が世話をしてきた人達なんだから、それなのに……。

「レイジ!」

 迫り来る死者が子供だったことに、一瞬撃つのを躊躇してしまった。それでも死者が僕に触れるよりも早く、炎が子供を焼き尽くした。

 あのまま駆け出した僕が戻ってこないのを心配したリージェが、駆けつけてくれたんだろう。

「何をしているのですかっ!」

「……ごめん」

 思考を切り換えて、前を見つめる。

 それでも気持ちはやるせないまま引き金を引き、一先ずの死者の群れを駆逐した。

「怪我はない?」

「貴方が言うべき言葉ではありませんが…。はぁ…、私は大丈夫ですわ」

 まずは自分の心配をしてくださいと腕を組んで怒っていると姿勢を見せる彼女に、僕は思わず笑みをこぼす。だってあまりにも普段通り過ぎて逆に可笑しかったから。

 幾分か冷静を取り戻した事を感じると、改めて殺した死者の群れを見る。――その殆んどの躯が灰に還っている事に、恐らく吸血鬼に血を吸われ人形に成り果ててしまったのだろうと確信づけた。

 ――死すと灰に還る。それが伝承に伝わる吸血鬼の有名な特徴だから。

「……彼らを助ける方法は?」

「――分かっていてお聞きになるのですか?そんなものはありませんわ。あるとするならば、それは安らかに眠らせる事でしょう」

 分かっていた言葉だったけど、その言葉は重く僕にのしかかる。

「ともかく急いでここを去りましょう」

 そう言って僕の腕を掴んで宿営地の外へと足を進めようとするリージェ。その顔には苦渋の表情がありありと浮かんでいた。

「私としたことが迂闊でしたわ…。既にここの七割が死者……そしてこれだけの死者を束ねるとなると、死者の親は何百年も生きているか、もしくは魔術師上がりの高度な知能を持つ吸血鬼。私達には荷が重すぎる相手です。ここは諦めましょう…」

 分かっている…。亡者の親が相当な力を持つ吸血鬼だってことくらいは。

 だけど諦めるだなんて出来るわけがないじゃないか…!

 僕は歯を軋ませ、遠巻きに囲む死者達を見て、死者に対して引いた引き金の感触を思い出す 。 彼らは、彼女らはついこの間まで一緒に暮らして、一緒に笑って、一緒に苦労してきた人達だ、それなのに、こんな事って ……。

「ッ!」

「――ィジ、レイジ!」

「え?――あ、ごめんリージェ。どうしたの?」

 自身の内に埋没していて、リージェに呼びかけられていることに気がつかなかった。

 振り返ると、彼女は腰に手を当て柳眉を吊り上げて怒っていた。

「――私の話を聞いていませんでしたわね…。いえ、そんなことは良いですから行きますわよ」

「……うん」

 振り返る事さえ重く感じる足を動かし、門の方向に向かおうとした刹那、空気が変わった。

 それを感じ取った僕達は即座に後ろに振り向いて臨戦態勢を取る。そして周囲の気配を伺うが、相手の異常性に背には冷や汗が流れ落ちた。

 ――気配が感じられないのに見られている気がする。

 それだけで相手の脅威が伝わってくる。

「厄介なことに――」

「レイジお兄ちゃーーんッ!」

 周囲を警戒しながら術式の組み込まれたナイフを握るリージェが呟こうとしたとき、前の方から子供の叫びが響いた。

「なっ!テラッ!?」

 それは僕の良く知る子供。キャンプ地に訪れた、まだあまり感情が豊かでなかった僕なんかに一番初めに笑顔をくれた女の子のテラ。

 ――彼女が死者によって捕らわれていた。

 死者は僕とテラを交互に見比べると、そのまま後方に走り出す。

 僕は直ぐ様その背に向かって銃弾を放つが、それは手前にいた死者が盾となって防がれてしまう。だったらと、それを追おうとしてリージェに手を掴まれた。

「お待ちなさい! これは明らかに罠ですわよ!」

「そんなことは分かってるさッ! だからリージェは僕がアイツを追いかけている隙に逃げるんだ。僕はテラを助けなければならない」

 中心部まで追いかけた所でテラを捉えている死者は足を止めた。そしてそこに群がっていた死者が守るようにソイツの周りへ集まってきた。

 ――このままあぐねていたら間違いなくテラが死んでしまう。現に今、アイツはテラの首筋に舌を這わせてるから。

「――っくぅッ!」

 だったらもう手段なんか問われない。自分がどうなろうと何としてもあの子を助け出す。

「っ、ぐぅぁぁッッ!!??」

 頭が割れる。脳細胞が焼ききれる。だけどそれが何なんだ。そんなの…テラが助かればどうってことのない負傷だ。

 両手に具現化されたRPGが炎柱を吹き、放たれた爆鉄の塊が直線上に死者を吹き飛ばし、そして、標敵の右半身を抉りテラが投げ出された。

 それを見た僕は迷わず疾走する。視界に亀裂が入ってるけど、そんなことに構っている余裕はない。RPGを放り捨てるとすかさず日本刀を具現化させて残っている死者を切り伏せながら落ちてくるテラへと走る。

 ――もう僕とあの子を隔てるものは少数の死者だけ。

「――ッ!」

 だけどその隔たりはあまりにも遠かった。

 前触れもなく現れた空間の歪みから、黒い影が飛び出し、そしてテラの首筋に啜り付いていた。

 黒い霧に覆われたソレから表情を窺うことは出来ないけど、ソイツは…吸血鬼は僕の絶望を楽しむように哂っているように見えた。

 それでもと、尚テラを助けようとする僕に吸血鬼は興味を無くしたのか、もういいとばかりにその子を投げ飛ばした。

「……あ、ああ」

 今となってはもう間に合わなかった、冷たくなったテラを胸に抱く。

 それは躯。もう喋ることも、笑顔を浮かべることも、そして僕を兄と呼んでくれることも無くなってしまったただの躯だった。

 残っていた体温が消え、完全に動かなくなったとき、それは動き出した。

 死んだ時の顔のまま僕の腕に噛みついたテラ……いや、死者は僕に抱かれたまま爪で僕の身体を切り抉る。至るところから血が吹き出す感覚がするけど、そんなことは構わなかった。

 死者となったテラの首筋にそっと刀を添え、そして安らかな眠りにつかせる。

 ……心が、軋む。

 僕は、甘かったんだ。

 あそこまで事態が進行していた以上、もう何をしたってここを元に戻すことなんて出来る筈がなかった。

 地面にテラを優しく横たえると、ベルトからスプレー缶のようなものを外し、自然な動作で死者の残党に向かって放り投げる。

 ――瞬間、赤紫色の炎が一体を呑み尽くした。

 ……焼夷弾(しょういだん)。太平洋戦争時にて、米軍B29爆撃機が日本本土に投下した炎上爆弾のことで、酸素の必要ないそれは、雨が降ろうと燃料が尽きるまでは3000℃以上の温度で燃え続ける脅威性の高いもの。

 そんな物を使ったというのに、僕は何も感じなかったんだ。

 ――だけどケジメだけはつけさせてもらうよ。

 先ほど放った焼夷弾とは違うソレを後方に投げ、耳を塞ぐ。

 目映い程の閃光と、爆音が辺りに響き渡り、そして吸血鬼の悲鳴も同時に放たれた。

 その機会をみすみす見逃すつもりはなく、一時的に視力を失った眼を抑えている吸血鬼の胸を刀で刺し抜いた。

 今更この元凶を睨んだところでここの人達が生き返るわけでもないけど、それでもそれが僕の責務だと思い、晴れていく黒い霧を見る。

「――――うん、ありがと」

「―――――――――え?」

 訳が分からなかった。いや、分かりたくもなかった。 何でこんなときに僕の良く知る、大好きな声が聞こえてくるのか。

「――そんな…ケティ!」

 霧が晴れ、良く知る姿が現れ、倒れいくケティをしっかりと抱きとめる。

「何で…なんで!」

「――ごめんね、レイジ。本当なら伝えておくべきだったのかもしれない。だけど出来なかった。私が吸血鬼だってことを貴方に伝えるなんて…」

 腕のなかにいるケティの身体は弱々しく、そしてだんだんと体温が失われていく。 それを僕は何とか阻止しようと、彼女を抱き締める力をさらに強めた。

「貴方に避けられるのが怖かったから…。だから、だから日に日に増してくる吸血衝動を抑え込んできた。それさえ何とかすればいつも通りに戻れると思ったの。 ――でも、結局こうなっちゃうんだね」

「やめて…それ以上喋らないで」

 そんな後悔を告白するより、今は生きられるように体力を残していてほしかった。

 だけどケティは微笑みながら首を横に振り、僕の頬を右手でそっと包む。

「――ねえ、レイジはさ。色んな笑顔に出会えて良かった?」

 ――――笑顔、それはケティの事だけじゃなく、僕達が今までに出会ってきた人達のことも言っているのだろう。勿論だ。あの人達の笑顔を取り戻せたからこそ、今の僕にも感情がある。

「……そう、良かった。じゃあ最期に私が呪いをかけちゃうね」

 いつも通りのケティの明るい笑い――に見えるだけで、それは相当無茶をしている。 こんなにも血を流して平気でいられるわけがない。

「――今もどこかで寂しい思いをしている人達はいっぱいいる。だからレイジはその人達に笑顔を取り戻してあげて。大丈夫、今まで通りにやっていけば良いだけだから」

「分かった、きっと取り戻して見せるから」

 もう喋らないで――その言葉を止めるかのように僕の口を彼女の人差し指が塞ぐ。

「ダーメ。きっとじゃなくて絶対、だよ」

「――うん。絶対」

「――頑張って。それとこれが本当に最期になるけど、殺し…てくれてあり…が……と――」

 ケティの手が唇から離れ力なく垂れ下がる。 僕は何も言わずに、彼女をガラス細工を扱うかのように、そっと地面に下ろす。



『お■いが■■ある■だ』

『も■私■変■■■■たらだけど、』

『その時は■■ず■■■■を殺してね』



「―――あ、ああ…ぁあああああッッ!!!!」


 今分かった。あの時の言葉がどういった事なのか。だけど気づくのが遅すぎたんだ。

 今更嘆いたところでもうケティは帰ってこない。生き返るわけでもない。

「―――ァ…」

 痛かった。身体の痛みも酷いがそんなどうでもいいものではなく、ただ心が痛かった。

 子供達は無邪気に笑っていた。決して裕福な生活では無かったけど、それでも明日という日を信じて笑っていた。

 たからこそ大人達もそんな子供達のために、笑顔であってほしいと幸せそうに働いていた。

 それが全て消えてしまった。

 だからこそケティは死に抗おうとしなかったんだろう。吸血衝動に負け、守ろうとした人達から全てを奪ったのだから。

 ――そして後の事を僕に託した。


 なら、彼女が僕に託した呪いとやらに従って、皆の笑顔を取り戻して見せよう。

 だけどあくまで間接的にだ。今までのように接しながらでは必ず今回のような過ちを引き起こす。

 ――僕はそんな存在だったんだから。

 ……そう、笑顔を脅かす存在があれば、例え悪意は無かったとしても僕は速やかに排除する。外から見守りながら一を切り捨て九を救って、その人達の笑顔を守ろう。

 ――それは決してケティの望む方法ではないけれど。


 そう決意して、僕は意識を手放した。



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