八話 異国情緒冬景色
みっみみっみ短いよ
俺がダンスパーティの会場から誘拐された翌日。
眼を覚ますと、二人組の男は、まだ日も昇っていないような早朝から馬車を使って移動を開始しており、あっという間に森を抜けてしまっていた。
一体どの辺りを走っているのだろうか。地理にあまり詳しくは無いが、もう元居た町からは大分離れているような気がする。それに、何だか非常に寒い。
「しっかし、こんな状況でも呑気に寝てるなんてなあ……」
「不気味なガキだぜ……」
まだ、俺が目を覚ましていることには気付いていないらしい。不意打ちを喰らわせるには、絶好のチャンスだ。
「そろそろタクティアに着くぞ。隠しとけ」
「あいよ」
小汚い毛布を被せられてしまった。いかんな、これじゃ狙いが定まらない。
闇雲に火炎魔法を撃ちでもすれば、馬車に引火して俺がピンチに陥ってしまう。
また見送るしかないようだ。
「止まれ。身分証を……」
「はいよ」
「む……失礼した。ようこそ、タクティアへ」
「へいへい、ご苦労さん」
暫くすると、馬車の外が人ごみの喧騒に覆われていた。どこか新鮮に感じられるのは、故郷とは異なるからだろうか。
それなら、俺は毎日新鮮味を感じていることになるな。
馬車は堂々と町の往来を歩いているらしい。
何となく不思議に思いながら、毛布の向こうを見ようと必死に目を凝らす……が、これが中々難しい。
数分後、いつの間にか馬車の周辺から人の気配が消えてしまっていることに気付いた。
陽の光も感じられなくなったことから、路地にでも入ったのだろうと勘繰る。
人通りのない、狭い路地。
「こっから歩きだ。ガキの拘束を解いとけ、痕にでもなったら大変だからな」
「はいはい」
やる気のない返事を口にしながら、片方の男の足音が近づいてくる。
男は荷車に乗り上がると、俺を隠していた毛布を取っ払って、後頭部に手を回した。まずは口に噛まされていた布から取ってくれるようだ。
そろそろ頃合いだな。
「全く……自分の身が危ないってのに、お気楽な奴だぜ」
「アンタ程じゃない」
直後、男の体は大きく宙を舞っていた。人間に直接ぶつけたのは始めてだったので、その威力に自分でも少し驚いている。
「な、起きて……このクソガキ!!」
真正面からぶつかってくるもう一人の男に対しても、同じ様に風魔法を使って対応する。
荷車の柵が抉れ、馬が悲鳴を上げ、男の体は強く石畳に打ち付けられた。
一気にしんとしてしまったその空気は、俺は若干呆気なさを感じながら、周囲を見渡した。
思った通り、場所は菌糸類が好みそうな、日当たりの悪い裏路地だった。人の声はそう遠くないが、町中でこれでは、大分深い場所にやってきてしまっているようだ。
そんな事はさておき、まずは手足を縛っているロープをどうにかしなければならない。どうせなら、これを取って貰ってからにするんだった。失敗した。
二人組は死んではいないようなので、このままいけば同じことの繰り返しになってしまう。仕舞いには本当に殺してしまうやもしれない。
「どうするべきか……ん?」
そういえば、こいつら剣を持っていたよな。
あれを使えば、ロープを解くのなんてお茶の子さいさいだ。
「でも、思った以上に吹っ飛ばしてしまったからな……」
這って近寄れる距離ではないし、そんな事をしていて奴らが目を覚ましたら、それこそ俺が不意打ちを浴びてしまう。
俺がここを動かず、尚且つあの腰についた剣を移動させる方法……。
頭を悩ませていると、突然水の流れるような音が聞こえた。
それが町の地下を通る下水道による物だと気付いた俺は、既に下水道の昇降口に強く視線を注いでいた。
* * * *
水流操作がこんな所で役に立つとは思っていなかった。
四肢の自由をやっとの思いで取り戻した俺は、二人組をそのままに、馬車を頂いて町中を移動していた。
荷車を引っ張るお馬さんは中々利口なようで、素直に従ってくれている。
しかし、見た目幼女な子供が、一人で馬車を操っているのは中々異様らしく、視線は容赦なくこちらへ集まってしまっていた。目立つのだけは勘弁願いたい。
(馬車もあそこに置いてくるべきだったか……どっかにさっさと売り飛ばそう)
ひとまず、あの二人から頂戴した銀貨二十枚で、今日は宿を取るとしよう。
一応、全財産を奪うなんてことはしていない。それでは奴らが路頭に迷うからな。頂いたのは精々一割程度である。
「お前の飯もちゃんと用意するから、安心しろよー」
「ぶるるっ」
鼻息だけの御返事、どうも。
* * * *
宿は朝夕食付きで一泊銅貨八十枚。銀貨一枚が銅貨百枚と同額だから、少なくとも二十五日の間だけは、ここでの宿泊が可能ということだ。
可能なのだが、どうにもそういう訳にはいかなくなってしまった。
ここタクティアは、最初に聞いた際、俺はどこの町なのかさっぱり分からなかった。
故に、宿屋にて部屋を取ったすぐに、壁に貼られていた地図に目を通したのだが……。
「異国かー……いつの間に海渡ったんだろ」
そう、ここはガーバウス王国より北に位置する、冬国ディギナ帝国だったのだ。
いやはや、驚いたなんて物ではない。物理的に、あんな短時間で間にある大海を渡ることは不可能な筈だ。
しかし、現在地は紛れもなくディギナ帝国の南東、海商都市タクティア。この事実を受け止める他に道はない。
早急にガーバウスへ帰る手段を模索せねばならない。向こうは今頃大騒ぎになっているだろう。主に母さんが。
勢い余って屋敷の主である貴族に、剣を向けていなければいいのだが……。
全財産は銀貨十九枚と、銅貨五十枚。これだけで乗船は不可能だろう。少なくとも、渡航以外の経費を諸々合わせて、金貨一枚は欲しい。
「前途多難だな……んー……」
ここにギルド公館はあっただろうか。あるなら、明日にでも冒険者として登録を済ませ、依頼をこなしていきたい。
しかし、受け付けてくれるだろうか。この宿の主人だって、俺が一人で泊まりたいと言った時に、顔を顰めた程だ。
「幼いというのは、やっぱり不便だな」
まあ、物は試しだ。明日ギルド公館を探して、登録を申し出てみよう。ダメならダメで、他の道を考えれば良い。
なんだか、思ったより楽しくなってきてしまった。いかんな、早く帰らないといけないのに。
「よし、今日はもう寝て、ゆっくり休もう。そうしよう」
言い聞かせるように独り言を口にして、フッと息を吹き付け明かりを消す。
布団を被って横になっても、<冒険者>という単語に対する期待を沈められず、暫くベッドの上で何度も寝がえりを打っていた。