六話 家庭教師は魔導騎士
この世に生を受けて五回目の十月。
相変わらずの魔法三昧な生活になっていると自分でも思っていたのだが、残念ながらそう上手く事が運ぶ訳もなく、最近家庭教師という物が母によって付けられた。
自主学習するからいいと断ったのだが、どうにも世間体を保つ為にも家庭教師による教育は必要なのだとか。
子供にする話か? と思われるだろうが、これは全て母自身からではなく、ヒナから聞いたことだ。
そういうのが常識なのだと。俺にはよく分からない。
俺についた家庭教師とやらは、すこぶるイケメンの気障な野ろ……いかんいかん。
俺に勉学を指南して下さる方は、レアクトリーチェ・ベッフェルバランと云う、それはそれは長いお名前を持つ、男性の先生だ。
初対面の際に聞かされた自己紹介の台詞によれば、確か騎士と魔導士を併合した、魔導騎士という称号を国王より与えられているのだとか。
よくもそんな実力と権力を持っている人間を、六歳程度の子供の教育係として当てられた物だな。
まあそんな訳で、現在進行形で魔物の生態について勉強中だ。
図鑑やその他の書本を目の前に積まれ、隣で指を差されながら、長文や絵と睨めっこをしている。
生物学についてはあまり手を着けていなかったので、中々に新鮮味がある。
「よって、危険な魔物の駆除については、国が直々に動くか、又は冒険者ギルドに依頼が出され、然るべき人員を導入された上で行われます。お分かり頂けましたか?」
レアクトリーチェ殿が、金髪を揺らしながら首を傾げる。
「ああ、とても分かり易いよ」
「……眠たそうですね」
「だって眠いもの……」
虚ろな目で答える。
昼食後の昼過ぎは、子供にとって昼寝タイムだ。
眠たくなるのは致し方あるまい。頭から冷水を被らない限り眠気は飛ばないし、そんなのは御免被る。
「頭に小鳥が乗っておられますが」
「そうだな」
「肩に蝶が止まっておられますが」
「そうだね」
「払いましょうか?」
「いや、別に良い」
開いた窓に誘われたのか、机に伏せた俺の頭や背中、肩には、数羽数匹の蝶や小鳥が止まっている。
遂には目の前でリスまで丸くなり始めた。外敵に狙われないで済むだろうが、わざわざこんな所に来る必要があるのだろうか。
というか、蝶は小鳥の目の前に居座っていても大丈夫なのか?
食物連鎖なんて無かったんや。
「これらは皆、庭の動物たちでしょうか?」
「多分そうだと思うが」
「これはまた、随分と集まってきましたね……」
話に入って来たのは、紅茶と菓子をトレイに乗せた、専属メイドのヒナだ。
仕事にも、もうすっかり慣れて、少々大人びてきているような……気がしないでもない。
しかし、まあこんな世話焼きメイドとの生活も、もう残り僅かだ。
「どうぞ、カノン様」
「ああ、有難うヒナ」
これは彼女から直接聞いた話だが、どうやらポートウォルの復興がほぼ終了したので、父が漁猟の方へ戻ったのだとか。
今まではヒナの給料と町で働く両親の金で食い繋いでいたのだが、父が船に戻った今、家の方にも余裕が出るので、それを期にヒナも故郷へと帰ってしまうらしい。
確か、予定では来月の今日辺りだったか?
何か別れの手向けをしてやりたいな。
出来れば派手な奴。
バケツ何個分の水を使おう。川に行った方が早いかもな。
「いつもこんな感じなのですか、彼カノン君の背と頭の上は?」
「あー……そうですね。中庭を散歩していたりすると、いつも鳥や虫が集まってきます」
甘い蜜でも塗りたくった様に、相変わらずの水色の髪に蝶が止まるのだ。
時々そのまま気付かずに部屋に戻ったりするので、魔法の練習に巻き込みそうになる。
まあ、そんなヘマはしないが。
「良いね、森の姫君の様ですよ」
「王子にしてくれ」
「おっと失礼」
ヒナの持って来たクッキーを齧りながら、魔物図鑑をパラパラと捲っていく。
こう見ていると、やっぱり個性豊かな連中ばかりが載っているな。
ヒラオーク、コーテイオーク、コボルト、リビングデット、ベビードラゴ。
ゲームの攻略本を見ている気分だ。このサーベルタイガーを真っ黒にしたみたいな奴、結構格好いいな。
名前は……ふむふむ、ライオメアって云われているのか。
是非とも死ぬまでにお目にかかりたい。
次のページを捲ると、なんと危険度A級の化け物レベルの魔物が姿を現した。
ちなみに、この危険度と云うのはSからDまで存在し、Dには先述したヒラオークやコボルト等の、群れを形成する上での下っ端が当て嵌まる。
と云っても、そういう輩は大体群れているので、結局危険度はCの底辺あたりまで上がってしまうのだが。
どちらにせよ、Aと云うのは凄まじいレベルの魔物だ。
さぞかし恐ろしい姿をしているのだろうと、即座に絵と名の欄に目を向ける。
【イオルムン:竜と対等に渡り合う事の出来る、恐ろしく大きな蛇。特に、巨大な体を持つ種の中でも珍しく魔力が大きく、幻影魔法や地魔法を得意とする。一説によれば、一度受けた恩には死んでも報いるらしいが、イオルムンに恩を売る事が出来るとすれば、それは山を一つ崩す程の大災害でも無ければ難しいだろう】
一瞬思考が止まった。脳裏に浮かぶのは、二年前からちょくちょく顔を見せて来る(どうやって町へ侵入しているのか不明)、あの白い鱗に包まれたやけに律儀な大蛇。
「うん? どうしました、カノン君……ああ、イオルムンですね」
「イオルムン?」
ヒナが可愛らしく小首を傾げると、レアクトリーチェ殿がいつものように、博識そうに解説を始めた。
「ええ。天災すら引き起こすと云われている大蛇です。私も、長い間様々な場所へ派遣されましたが……いやはや、イオルムンの残す爪痕は凄まじいですよ」
「そ、そんなに強い魔物なんですか……? 恐いですね……」
ああ、そういえばヒナはあの時直ぐ気絶してしまったので、前後の記憶が曖昧なのだとか。あの時というのは、勿論レイエム初訪問の事を指している。
今は人がいない時間帯を見計らって来いと言ってあるので、あの様な事故は起こっていない。
それにしても、あいつはどうやってこんな、人で溢れた王都の町中まで来ているのだろうか。
確かにウチの敷地は広いらしいが、それでも外れと隣接している訳ではない。
あの大きさだと下水道は通れないし、もしかすると、その幻影魔法とやらを駆使して侵入しているのだろうか。
気になる。今度来た時に訊いてみよう。
リスがぽりぽりクッキーを食べている。可愛い。
「とりあえず、勉強はもう終わりにして、レアクトリーチェ殿の武勇伝を聞きたいな」
「いけませんよカノン君。私がサーラ様に怒られてしまいます」
「今日は十分目を使ったよ」
紅茶を啜りつつ、クッキーを頬張る。
後ろでクスクスとヒナが笑っているが、気にしないでおこう。
「まったく……仕方ありませんね」
「お、魔導騎士殿の武勇伝の始まり始まりー」
コホン、と咳払いを頭に置きながら、レアクトリーチェ殿が机に手を置きつつ語り始めた。
内容は、
鈍感野郎の、
ハーレム物語だった…………。